先日、アジア大会を見ていて、とある水泳選手をイケメンスイマーと紹介していた。
最近は、マスコミが広義で使っているみたいだが、余程思いあがっていない限りは、本人も恥ずかしいのではないか。また、その選手をイケメンと言うのなら、遥かに萩野選手や瀬戸選手の方がイケメンだろうに…。大人の事情か分からないけど、H流以降なんかおかしいなぁーと感じてしまう。

人には、それぞれ好みがあるし、その人のツボというかストライクゾーンが必ず存在している。
イケメン判定が甘くなって、普通メンが昇格できる機会を得たのは喜ばしい事だが、言ってる本人の主観を第3者に押しつけていいのか?日本人ってこんな厚かましい人達になり下がったのか…

ともあれ、この潮流は有難い事で、普通メンの僕らにも少しは目が出てきたという事か。
頑張れば、好きな人に何とか振り向いて興味を持ってもらえる。(昔は、全然わからなくて、一回断られれば、相手がどうしようか考えてる内に諦めてたけど…まあ案外、損して来たかも、子供だったのかねぇ~未だに童心抜けないけれど)

それと思うに、顔かたち関係なく、男のぽっちゃりと締まってるじゃー明らかに締まってる方が好印象を持たれる様に思う(異性からだけど)。かく言う僕も以前は、ぽっちゃりしていた(女で言う水トアナぽっちゃり)。毎日、自転車通勤に変えて、久しぶりに会う人が、病気かと疑うくらいに痩せた。すると不思議な事に、以前に比べて周りの女の人が好意的に接したり、絡んできたりする様になった。

因って結論として、僕ら普通メンは、イケメン激甘潮流に乗りながらダイエットに励め!って事か?




人には色々な好みがある。
それは、育ってきた環境や見てきた経験が影響する事が多いと思う。
ヒヨコが一番最初に見たものを親として認識する様に、我々人間も一番身近な世話をしてくれる者を安心して頼り、縋り、気を許す。

家庭環境にもよりけりだが、自分の両親を知らず知らずに観察し、手本にしている事の方が僕の場合多い。(もちろん反面教師として正反対な形を敢てとる人もいる)

潜在意識の中で男(雄)を父に見出し、女(雌)を母の中に見出す。要は、母が理想だがマザコンじゃないぞと言いたくて遠回しに誤魔化してみただけなのだ。(よくこんな話をすると女性に「ママの元におかえり」と言われる事もあったので、言い訳してみただけ。九州の男にふざくんな!というのが、大概のその後のおきまりなのだけれど)

まあ、母が好きな訳ではないのだけれど、タイプは似てくる。
細くて痩せている子が何故か好き。色はあまり関係ない。慣れや親しみから来るのであろうが、そう言った外見を好む様だ。それと外見とは関係ないが声は中域から高いほう(これは自分と反対だからかな?)が好き。


でも、外見以外は全く母とは関係なく、なぜか手と手が触れ合う時の感触を大事にする。
手を握っちゃおうかな~て過程の手の甲と手の甲同士が触れた時、手が重なり合った時、相手の肌の柔らかさと温もり、微妙な体温差、キューっと張り付く肌の密着感。その印象がいいほどうまく行きやすい様に思う。

だんだん秋も近づいて、人肌恋しい季節になる。

男と男にも肌が合うと使うが、男同士はどちらかと言うと馬が合うの方が、しっくり来る。
男女の間ほど、肌が合うという言葉がぴったり来るものはないのではないか。


※母かいかに痩せていたかを説明する時の話。

ある日、両親と3人で話していた時、母が「私、子供産むまでガリガリだったのよ、子供産んで胸も大きくなったのよ~、ねえお父さん私ペッタンペッタンだったわよね~」父「そうだな」
母「子供産んでからおっぱいあげ始めて大きくなったのよ~そう言えば母乳って味がないのよ~ねえお父さん!」父「おっ?おう」視線をそらして…
僕「何で知ってるんや味の事?」

hand to
僕は、一通り料理はできる。
煮物もできるし、ケーキもパンもクッキーも焼ける。
出来るようになったのは、ある日、家にオーブンレンジが入って来て、面白そうなので化学の実験感覚で、ハマってしまったからである。
それが、ある日を境に止めてしまった。シュークリーム作った時の出来がひどくてがっかりした事と次の日、姉が同じレシピで旨いシュークリームを作ったからである。
やっぱり男は家庭料理に向いていない。毎日、美味しい物を食べさせたい、食べてもらいたいと無条件に思える母性が足りないからではないか。
そこで決めた。もしも、彼女が風邪をひいたりして寝込んだ時のために、その技を封印しよう。(その意味では封印を解く機会はまだないが…)
僕には理想の形がある。父の姿がそれに近い、母が寝込んだ時にエプロン着て不器用に包丁を握っていた事。日頃は、九州男児らしく振舞っていた父が作ってくれたオニギリとお味噌汁は忘れない。そして、甲斐甲斐しく氷嚢を取換えていた姿も。
イザという時に備えて、たまにハンバーグ作ったりもするし、毎日の自分の食べた食器は努めて洗うようにしている。ウオーミングアップは万端なのだが…なぁ。(-_-)zzz

今日のお昼の縄文人カレー。勿論、自作ではない。赤米は提供したが。


昨日、8月30日に豊後犬飼大野川フェスティバルが開催されました。
今年は、隣町の三重町が会場周辺整備のため花火が中止され、犬飼町は2町分の見物者で賑わ
いました。水面に映る花火は幻想的で、一級河川の大野川ならではです。
一か月に1回のペースで“小さな花火大会”という15分程度の花火を打ち上げます。
是非一度、大野川の水面に映える花火を堪能して下さい。




こちらは綺麗なハートが浮かびます。

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音と迫力のフィナーレ

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ノストラダムスの予言を確かめる事なく、1998年8月28日早朝、父は亡くなりました。

死ぬ数日前に、私を枕元に呼んで「いいか、これからは、例え馬鹿にされても馬鹿になっていろ。人の股の下くぐる気で居れ。そうすれば、きっと良いように事が運ぶだろう。腹が立ったら思い出せ」と言われた。

元々、かなりストレートな物言いで、人にストレスを与えて来た息子を端からよく見ていたのだろう。自分の弟によく似た性格で、自分の顔に似た息子の事を。

この16年、父の言付けに従わなかった事も多かったが、私が人の心をおもんぱかる様になったのは確かである。


先日、お風呂他を改修しました。
転けたりして、両腕両足に人工関節、金属を入れながら寝たきりにならずに、元気いっぱいに過ごしているおばば様の為、バリアフリーにしたのです。

彼女を見ていると、寝たきりにならないヒントの様なものが浮かんで来ます。まず、生きたい思い、ちょーポジティブな思考、若い女学校時代にバレーボールなどのスポーツで身体を鍛えたことなど、前向きな性格と行動力が重要なファクターになっている。
僕らも、しっかりと彼女を立てる。例えば、朝は頭を下げて「行って来ます」と言う。対して「はい、行っておいで」と返す。家族の一員としての居場所をしっかり作って上げる事を努めてやっています。

お年寄りを大切に。



最近、気象台も毎日の予報に苦戦している様だが、昔の人は自然を観察することで、今からの天気を当てていた。近くの山の上に雲がかかったら雨が降る、とか。

今では、情報をインターネットの雨雲レーダーとか気象図とかで手に入れてれば、素人でもかなりの予想がつく。だが、現代人は乗り物に乗り、雨漏りしない家に住んでいる。必然的に天気には関心が薄くなる。命懸けではなくなるからだ。
昔の人(特にお百姓さん)は、生き抜く為の作物の育ちに最大に力点を置いた。空を良く観察する事で、嵐を予想し、大雨に対処した。村社会が一体となって災難に備えた。

昔の事をお年寄りに聞こう。何度も同じ事を言うかもしれないが、面白い事が色々出てくる。
過去の言い伝え、教訓は、必ず未来に生きてくる。

※因みに写真は、町の中心から見て、荒瀬という地区の上に黒い雲が掛かったら雨が降ると言われる荒瀬の空。 (大分県臼杵市野津町、吉四六とんち話の里)