おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
ぼくは新設高校の一期生だったのですが、何年かに一度同窓会で懐かしい仲間と顔を合わせています。
もしかしたら、もっといろんな人が出席していたのかも知れません。
部屋を間違えたか、時間を間違えたか。
同窓会場に入った瞬間、そんな考えが頭をかすめた。
テーブルに並んだ料理とビールやワイン、だが人間は一人もいない。
時計は午後一時を過ぎている。
もう始まってる時間だ。
部屋の外の看板を見ると、
「堺西高校一期生同窓会」
間違いない。
考えられる理由はただ一つ、一期生全員同窓会に出席する気がなかったということだろう。
がっかりして部屋を出ると、
「おーい、みぶ!」
後から声が響く。
振り向くと、誰もいないと思っていた会場に二人の男が立っていた。
「寺西に浜口!」
同級生だった二人だ。
昔と変わらぬ長身の寺西、すっかり恰幅が良くなった浜口。
「この間、ドラマでみぶを見たよ」
寺西が煙草に火をつけながら言う。
こいつは高校時代から煙草を吸ってたな。
当時からパチンコもするし、酒も飲むし、無免許でバイクを運転して補導されたり……
不意に頭の中にもやがかかったような気分になる。
何か大事なことを忘れているような……
「役者は金にならんだろう」
浜口が声をかけて来た。
高校時代からバイトに明け暮れ、小金を貯めては株で儲けたりする才のあった彼は、後に会社を興し羽振り良く生活していると聞く。
海外に別荘まで持ち……
海外という言葉が浮かぶと、また頭の中にもやがかかる。
何かを思い出そうとするのに思い出せない。
「シャンパンをお注ぎいたしますのでグラスをお持ちください」
背後から急に声がしてびくっとする。
いつの間に入って来たのか、給仕係の男が瓶を片手に立っている。
「乾杯の後、ご歓談ください」
「乾杯って、ぼくら三人だけですか?」
ぼくは驚いて尋ねた。
「さようでございます」
給仕係は無表情に答える。
「とにかく乾杯しようや」
寺西に言われて、三人で乾杯する。
「でも寂しいよな、同窓生が三人しか集まらないなんて。せめて、担任の吉原先生には来て貰いたかったな」
ぼくが言うと、二人は黙り込む。
「どうした?」
「吉原先生ならそこに……」
浜口の指さす方に目をやると、昔と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた吉原先生が部屋の隅に立っていた。
「先生!」
安心して駆け寄ると、吉原先生の姿はまるで空気に溶け込むように消えてしまう。
「先生はまだここには来れないんだよ」
浜口が後ろからささやいた。
問い返そうとした時、給仕係が、
「申し訳ありません。手違いがあったようです」
「手違いってどういうことです?」
「とにかくみぶさん、私について来てください」
寺西と浜口の方を振り返ると、二人とも妙に穏やかな表情でうなずく。
給仕係に従って部屋を出た。
「お客様はこちらへ案内すべき方ではなかったのです」
「……と言うと?」
「こちらをご覧ください」
廊下の端の大きな窓を指さす。
ホテルの外にある曲がり角に乗用車が停車しており、大勢の野次馬が集まっていた。
道路に男が倒れている。
見覚えのあるスーツ姿だ。
さらによく見ると……
「あ、あれは……」
「そう、みぶさん、あなたです。あなたはこのホテルに入る直前事故に遭い即死されました」
「じゃ、ここにいるぼくは?」
「亡くなった方の同窓会にご案内してしまいました」
じゃ、ぼくは事故死して……
頭の中のもやもやが次第に晴れていく。
長身の寺西は卒業後バイクの事故で死んだはずだ。
浜口は海外出張中心不全で客死したと聞いた。
担任の吉原先生は、確か先週倒れて危篤状態だと連絡を貰った。
「あなたをこちらへお連れすべきではなかったのです」
給仕係が申し訳なさそうに言う。
「どういうことです?」
「私どものミスでした。本来なら別の方をお連れする予定だったのですが、みぶさんの乗った電車が遅延したせいで……」
「ええ、駅から慌てて走って来ました」
「そのせいであなたが、本来遭わないはずの事故に遭い、こちらへ来てしまったのです」
「そ……そんな」
「大丈夫、すぐに調整致します」
「調整ってどうするんです? そもそもあなたは誰なんです」
「私は……生と死を司る者です」
その言葉を聞くと同時に、頭の中が空白になった。
「乾杯!」
今は開業医をしている木村くんの音頭で全員がシャンパングラスをあげる。
「四組の吉原先生、よくないらしいわね」
噂好きだった旧姓小畑さんが話し出した。
「うちの娘がナースやってる病院にいるんだけど、だいぶ弱ってるみたいよ」
吉原先生の穏やかな顔を思い出し寂しくなる。
「大変だ!」
クラスでいつも大騒ぎをしていた草津くんが部屋に飛び込んで来た。
「表で交通事故があったらしい」
全員、窓に駆け寄る。
乗用車の前に人が倒れていた。
「あれは浜口じゃないか?」
「そうだ。世界中に支社を持つ浜口商事の社長だ」
皆が口々に言った。
ぼくはその言葉を聞き、何やら頭の中にもやっとしたものを感じた。
「浜口って最近、海外で亡くなったんじゃなかったっけ?」
皆にそう話しかけた時、
「あ~~~~~~っ!」
突然後ろで声が響いた。
見ると給仕係が頭を抱えてしゃがみ込み叫んだ。
「しまった! また失敗した!」