おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
コロナ禍で還暦役者たちが仕事を干されていた頃、仲間と葬儀屋さんをして糊口をしのいでいたことがあります。
その時のお話です。
「みぶさん、またクレームです」
右田が事務所に駆け込んで来た。
「で、先方さんは?」
「下で待っておられます」
「じゃ、お通しして」
「はい」
右田が部屋を出て行ったのでぼくはソファーに掛ける。
「こちらでございます」
右田が神妙な表情をして一人で入って来た。
「先方さんは?」
ぼくは右田に尋ねる。
「今、みぶさんの前のソファーに腰掛けられました」
「このへん?」
ソファーの中央を示す。
「もうちょっと左です」
「わかった」
ぼくは視線を少し左に向けた。
「今回、私どもがご用意いたしましたご葬儀に関しまして、どのような点でご不満がおありなのでしょうか?」
冷たい風が一陣吹いていく。
「故人はですね」
右田が話し出した。
「自分は生前洗礼を受けクリスチャンに改宗していた、だから式は教会で上げて欲しかった、とおっしゃっております」
「それは申し訳ありませんでした。しかし、私どもはご遺族から曹洞宗のお坊さんを呼んで告別式を行って欲しいと承っておりましたから……」
「だから、私は何度もここにいる右田さんにその旨を伝えようとしたのだが、なかなか捕まらなかった。そうこうしているうちに勝手に式が始まってしまった、とおっしゃっています」
「ご遺族の方が急いでおられましたもので。右田の方も何やかや手配したりして手が空きませんでして……」
「そもそも、おたくの葬儀社に我々死者の姿が見えて話しが聞こえるのが右田さん一人しかいないというのが問題だとおっしゃってます」
「ですから、他の葬儀社には故人様の姿が見える社員は一人もいないのが普通でして、当社にはたまたま彼が在籍しておりますので亡くなった方ご本人のクレームに対処させていただくことが可能なわけです」
右田が故人の所属していた教会を聞き出し、再度告別式を執り行う約束をして引き取ってもらった。
「みぶさん、大変です」
翌朝、また右田が事務所に駆け込んで来た。
「また、クレームか?」
「いえ、みぶさんのひいお祖父ちゃんが話があるそうでこちらに見えてます」
「なんだって?」
「わしが死んだのは戦時中、空襲のさなかだった。死体を見つけて貰えず、ちゃんと葬式を出してもらえんじゃった。もう、こっちへ来てずいぶんになるが、今でもあの頃を思い出して寂しい気持ちになるんじゃ。幸い、ひ孫のお前が葬儀屋を始めたと聞いた。なんとか、一度、きちんとした葬式を上げて貰えんものじゃろうか……そう、おっしゃってます」
「わかりました、親戚に声をかけて式を上げさせていただきます。どの程度信じて貰えるかわかりませんが」
「ありがとう。費用に関しては心配しないで欲しい。実は誰にも話してないが、生前貯めておいた大金がある、とのことです」
「そうなんですか、それは何処に?」
「葬式が済んだら教えてやる、とおっしゃってます」
なかなかしっかりしている。
その日から親戚中に連絡を取り、行方不明になったままの曽祖父の告別式を正式に行いたいという旨をつたえた。
なんで今更……という声もあったが、賛成する者も多く、曽祖父自ら指定した“良き仏滅の日”には多くの弔問客も訪れた。
式の後、
「ありがとう、本当にありがとう、と涙を流されております」
「お役に立てて良かったです」
「費用の方は仏壇の引き出しの茶封筒の中にお守りがある。その中を見てくれたらいい、そう言って今成仏されました」
早速、その足で実家に戻り、言われた通りお守りの中を開けてみた。
茶色く変色した紙切れが一枚出て来る。
逓信省の判が押されているので、近所の郵便局へ持って行ってみた。
「こ、これは九十年満期の簡易保険の証書ですね。ちょうど昨日が満期になっております」
局長自らが出て来て満期の受取金を手渡してくれた。
金額は、曽祖父が生きていた頃は大金であったろう四千七百二十円だった。