見知らぬ隣人たち~世にもケッタイな物語 | みぶ真也 の 職業:怪談俳優

みぶ真也 の 職業:怪談俳優

浪速のユル・ブリンナー

おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。

もしもこんな人たちが隣に越して来たら……

 

 

 早く撮影が終わったので日のあるうちに帰ると、アパートの隣の部屋に業者さんが大きな冷蔵庫を運び込んでいました。

 隣は以前住んでた若夫婦が引っ越してからしばらく空き家だったのですが、どこかの会社の社宅として使われることになると聞いています。

 それにしても大きな冷蔵庫です。

 冷蔵庫だけ置くと、業者は帰って行きました。

 他の荷物とは別に新規に購入したのかも知れません。

 その夜から、隣室で物音や話し声が聞こえるようになりました。

 もう、人が住んでいるのでしょう。

 回覧板が廻って来たので、届けるついでに挨拶しようと思いチャイムを鳴らしたら、品の良い奥さんが扉を開けて出て来ました。

 同時に物凄い数のおばさんの話し声が耳にはいります。

 見ると、室内に二十人以上の主婦らしい女性がおり、めいめいお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながらおしゃべりをしているのです。

 引っ越しのお祝いに集まったのかも知れません。

 奥さんはひったくるように回覧板を取ると扉をぴしゃりと閉めました。

 それからも朝から夜まで、隣からは大勢の賑やかな声が聞こえてきます。

 一週間もした頃でしょうか、早朝ロケで早くから家を出ると、隣からもスーツ姿の男の人が出て来るのと鉢合わせました。

「おはようございま……」

 挨拶しかけて、呆然としました。

 その男性の体が半透明で、向う側が透けて見えていたからです。

 

「なんです?隣の部屋から幽霊が?」

 そのことを話すと、大家さんは驚いたようです。

 それだけでなく、毎日にように大勢の人が集まっているらしいということも伝えました。

「私の方では松平電機の社宅としてしか契約していませんが、明日、総務部長に連絡してみます」

「お願いします。なんだか気味が悪くて……」

 

 翌日、松平電機の総務部長という方が大家さんと隣の部屋にやって来たので、ぼくも同席させていただくことにしました。

 驚いたことに、隣の部屋には家具らしいものはなく、部屋の隅にあの冷蔵庫がどかっと置いてあるだけです。

「説明いたしましょう」

 でっぷり太った赤ら顔の総務部長は冷蔵庫の前で話し始めました。

「昔はほとんどの家は平屋か二階建てでしたね。つまり一定の広さの中に人が住んでいた。高層マンションが建てられると、高さという要素が付け足され同じ敷地の上に何十世帯もの家族が住むことが出来るようになった。つまり、住環境は二次元から三次元的広がりをもつことになったわけです」

 ぼくも大家さんも、部長さんが何を言おうとしているのかわかりませんでした。

「我が社の研究施設では、さらに新しい住居形態を考えました。縦横高さとはさらに上の次元を付け加えて、一つの空間にいくつもの家族が暮らすことが出来るようになったのです。この部屋としてお借りしている空間は一つですが、高次元の広がりを利用して、ここには弊社の社員が百名生活をしているのです」

 SF好きな大家さんはうなづきながら聞いていました。

「社員は各部屋からこの部屋に降りて来るエレベーターがこちらです」

 部長さんはあの大きな冷蔵庫だとぼくが思っていたボックスを示しました。

「もっとも、慌て者の社員がきちんと実体化する前に飛び出して、そちらの方を驚かせてしまったようですが……」

 あの半透明の男の正体はそういうことだったのか、ぼくは合点がいきました。

 大家さんは幾分厳しい顔をして総務部長に向かい、

「わかりました、この部屋には百世帯がお住まいになっているのですね」

「そ、そうですが、大家さんからお借りしているのは一部屋だけですから、家賃も一部屋分しかお支払いできませんよ」

「もちろん、お貸ししているこの部屋一部屋分の家賃をいただければ結構です。しかし、百世帯で共有されているわけですから、一軒一万円の共益費は百軒分お支払いいただきましょう」