おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
怪談映画の主演女優のその後をお話します。
ぼくの本棚には「昭和の時代劇集」というDVD全集が並んでいる。
映画監督の矢田政二さんから「何かの参考になるなら」と譲られたものだ。
貴重なモノクロの映画作品がぎっしり詰まっているのだが、まだ全て観たわけではない。
矢田監督は面倒見の良い人で、他にも面白い怪談集なんかを「是非、読んでごらん」などと言って貸してくれたりする。
その夜も、矢田監督が何か大きな包みを持って訪れた。
「みぶさん、怪談作りのヒントになりそうなものを持って来ましたよ」
監督が包みを解く。
中から三十センチほどの大きさの招き猫が出て来た。
「みぶさん、緑沢静子の名は知ってますよね」
「もちろんです」
緑沢静子、往年の美人女優である。
一時は鈴木澄子、入江たか子と並んで“三大化け猫女優”と呼ばれ、晩年は猫に因んで「タマ」というスナックを経営していたそうだ。
「彼女のスナックに飾られていた招き猫がこれなんですよ」
「そうなんですか。緑沢さん、亡くなられたと聞きましたが」
「ええ、形見分けでいただいたんですが、みぶさんにこれあげます」
「そんな貴重なものを……」
「いや、いいんです」
矢田監督はそそくさと風呂敷をたたんで帰って行く。
ぼくは食器棚の上に招き猫を飾り、晩酌しながらポール・ナッシーのスペイン製狼男のDVDを観てるうちにソファで眠ってしまった。
いつの間にかソファから転がり落ちたらしく、床の上で目を覚ました時は朝になっていた。
どういうわけか、ソファの上には招き猫が鎮座している。
おっこちてきたのだろうか。
食器棚からソファまで3メートルはある。
コーヒーを入れて映画の続きを観ようとデッキのスイッチを入れると、覚えのない白黒の画面が現れた。
確認したら、デッキのDVDは「瞼の母」になっている。
狼男の方はデッキの上に取り出して置かれていた。
翌日も同じようなことが起きた。
エイリアンの元ネタになった「恐怖の火星探検」を途中まで観て寝てしまったのだが、朝になるとDVDは取り出されており、デッキに入っていたのは「一本刀土俵入り」。
招き猫は、やはりソファに座っている。
さすがに気味が悪くなり、矢田監督に連絡した。
「実はあの招き猫、夜になると勝手に時代劇のDVDを観てるようなんです」
「例えば、どんな?」
ぼくは昨日からのことを話した。
「なるほど、二本とも緑沢静子が駆け出し時代に端役で出ていた作品です。招き猫に宿った静子の霊を供養する必要があるでしょう。招き猫を持ってぼくの家に来てください。ぼくは彼女の主演した映画のDVDを集めておきます」
言われた通り矢田監督を訪ねると、白い着物姿の年配の女性が監督と一緒に待っていた。
「こちらは霊媒の五月先生。緑沢静子の霊を呼んでいただきます」
我々は祭壇の前に正座し、招き猫とDVDを並べる。
「緑沢さん、ここにあるのは貴女が主演した全ての時代劇です。どうか成仏なさってください」
監督が神妙に言う。
「私の主演した時代劇ですか」
五月女史が緑沢静子そっくりな声で答えた。
「はい、ほとんどが化け猫の出る怪談映画ですが……」
「私が探していたのはこんな時代劇ではありません」
「そ、そうなんですか。じゃ、どんな時代劇が欲しいんです」
「猫だけに、マタタビ物が欲しい」