みぶ真也 の 職業:怪談俳優

みぶ真也 の 職業:怪談俳優

浪速のユル・ブリンナー

「とにかく、笑いが止まらないくらい儲かったんだ」

 カウンターに座った実業家風の男が大きな声で話している。

「それで、若いホステスにマンションを買ってやったんだよ。これから、そこへ寄るつもりだ」

 天井に設置された監視カメラが赤く点滅し始めたかと思うと、カメラのレンズから一条の光線が発射され男に命中する。

 バム!

 音を立て、男の身体は一瞬にして粉みじんに爆発した。

 ボックス席にいた我々はそこから目が離せない。

 撮影打ち上げの三次会に残った我々四人はドラマ以上の展開に衝撃を受けているのだ。

「あの人、どうなっちゃったの?」

 アイドル上がりでドラマ初挑戦の妃崎レイナが震える声で言った。

「もう、全身が分子に還元しました」

 マスターが答える。

「ど、どういうことなんですか?」

 ディレクターの高橋が興味深そうに尋ねると、

「国会でリア充爆破法案が通ってから、うちのような店には光線砲付きのリア充監視カメラ設置が義務付けられたんです。今の方のように現実生活が上手くいってる人を発見するとたちまち爆破する。お蔭でお金を落としてくれる上客程、光線で分解されちゃうんですよ」

 マスターが寂しそうに言った。

 なんとなく怖くなって我々は退散することにした。

 一週間程してパチンコでちょっとした金が手に入ったので、もう一度店を訪ねてみることにした。

 マスターのしょんぼりした表情が気になってたのだ。

 店には他に客がいなかったが、思いのほかマスターは元気そうだった。

 ぼくは奮発して上等のボトルを入れた。

「マスター、前より顔色がいいですね」

「いや、それがね、例のリア充カメラがもう何十人かのお客さんを爆破して店の売り上げが随分落ちたんですが、役所に申請すると一人のリア充爆破につき十万円の補償金がおりることがわかったんです。それで、普通に営業してた頃より数倍収入が増えました」

「それは良かったですね」

「それからここだけの話、前に来られた時ご一緒だった妃崎レイナって子がいましたよね。実は今、内緒であの子とつきあってるんです。月末には二人でグアムに行く予定で……」

 光線が輝き、マスターの身体が一瞬にして灰になった。

 リア充カメラは客であれマスターであれ関係なく作動するようだ。

 高級酒を飲み干し、店を出ようと財布を取り出す。

 待てよ、マスターはいなくなったし、金を払う必要はないじゃないか。

 よし、用意してた飲み代でキャバクラに行ってアイカちゃんを指名して、うまくいけば今夜……

 そこまで考えたところで、カメラの赤い点滅が目に入った。

 危ない、危ない! 酒代をカウンターに置いて店を出る。

 無人の店のカウンターに剥き出しの現金を置いておくのは不用心だが、「しめた、盗って逃げよう」と考えた奴は粉みじんになるだろう。

 

 一日八時間は寝なさいという意見と、七時間睡眠の方が健康になるという説もあった。

 同じように、一日一万歩歩くと健康に良いという人と、。一万歩は歩き過ぎ、八千歩で良いのだという人もいる。

 いずれにせよ、こう暑くなってくると早朝か夜しかウォーキングする気がしない。

 ここのところ、日没後、歩くようにしている。

 仕事で遅くなった今夜は日付が替わる時間帯だ。

 近所の公園も、この時間になるとさすがに人がいない。

 せいぜい、帰宅を急ぐ酔っぱらったサラリーマンくらいだ。

 今夜は珍しく、公園の中に大型バスが停まっていた。

 車体に赤い十字が描かれた献血車だ。

 白衣の女性が「献血にご協力を!」と書いたプラカードを持って立っている。

 こんな時間に宣伝効果があるんだろうか。

 ちょっと気の毒にもなって立ち寄ってみた。

「この時間に献血カーを停めても、人が通らないでしょう」

 話しかけると、

「そうなんです。是非、お願いします」

 と彼女が答えた。

 で、そのまま車内へ連れて行かれる。

 血圧を計り、問診した後、注射針を刺される。

 そのままうとうとしてしまった。

 いつもなら眠る時間だ。

 目を覚ますと献血は終わっていた。

 車の扉も閉まっている。

「ありがとうございました」

「今夜は、もう店仕舞いですか」

「ええ」

「じゃ、ぼくも帰ります」

「あ、ちょっと待って」

 彼女は車を出ようとするぼくを呼び止め、

「献血していただいた方にはワインを差し上げることになっています。ノンアルですが造血作用がありますので」

 グラスになみなみとついだ赤ワインを差し出す。

「私もいただきますわ」

 彼女もワイングラスを取り出し、デキャンタからワインを注ぐ。

 彼女が飲むのは、色も香りもぼくに出されたものより濃い種類のようだ。

「こうして仕事を終えてから飲むワインが最高なの」

 彼女がにっこり笑顔を見せると、鋭い犬歯がキラリと光った。

「いつもデキャンタに移してから飲まれるんですか?」

 ぼくが尋ねると、

「だって、直接飲んだら商売敵を増やすことになるんですもの」

 彼女は艶然と微笑んだ。

 

 

 怪談を書きながら、どうしても行ってみたい山があった。

 鬼果山(きかざん)という山だ。

 軽装で登れるくらいの低い山なのだが、何故か登頂したという人の話を聞いたことがない。

 それどころか、この山に登ろうとした人が何人も行方不明になっている。

 遭難するほど険しいわけでもない。

 好奇心にかられて、休日に出かけてみた。

 ふもとには人家が密集していて秘境に立ち入るといった印象もない。

 山道とは言え比較的平坦で登りやすかった。

 途中、脇に獣道がいくつかある。

 熊や猪に出くわしたら嫌だなと思ったが、そんな気配はなかった。

 異変が起きたのは中腹を過ぎた頃からだった。

 急に足が重くなり、踏み出せなくなるのだ。

 しばらくすると、元にもどる。

 安心して歩き出すと、また足が動かなくなる。

 こういうことが断続的に続いた。

 登るにつれその頻度が多くなる。

 同時に、耳鳴りがするようになった。

 耳鳴りというより、人間の低いのつぶやきのようなものが頭に響いてくるのだ。

 何か意味のある言葉らしい。

 声は小さく、聞こえたり聞こえなくなったりを繰り返した。

 不思議なことに、その声が聞こえる間は足が軽く動く。

 声が聞こえなくなった途端、まるで硬直したように足が動かなくなる。

 もしかしたら、修験者が何処かで経文を唱えているのだろうか。

 山の魔物がぼくの足を止めようとしており、流れて来る経文に守られている間だけ解き放たれて足が自由に動くのかも知れない。

 いよいよ頂上が見えて来た。

 山頂には山伏風の男が立っており、遠くの山々に向かって何事かを誦してした。

 その声が流れている間は足が動くので歩を進める。

 不意に声が止み、山伏がこちらを振り向く。

 途端に、足だけでなく全身が金縛りに遭ったように硬直した。

 影になっているので山伏の顔は見えない。

 男は再び向うを向き。呪文を唱えだした。

 同時に体が動くようになったので、好奇心にかられてその傍まで近づく。

 山伏の声がはっきり聞こえた。

「だーるまさんが、こーろんだ!」

 男が振り向く直前に、ぼくは彼の背中にタッチして身を翻して走り出した。

 男が追って来る。

 さっき見つけた獣道にそれて山伏をまき、ふもとの人家にまで逃げ切る。

 山の神か魔物が、人間相手に遊んでいたのだろう。

 それから数日で、行方不明になっていた人達が次々帰宅したと聞いた。

 TVをつけると恋愛ドラマが映し出された。

 二枚目男性と若い娘が恋を語っている。

 二人とも生きた人間ではなくゾンビだ。

 男の顔に見覚えがあった。

 役者仲間の畑中だ。

 畑中はゾンビになってからすっかり人気者になった。

 生きている頃の畑中と最後に会ったのは、芝居の打ち上げの流れでこの部屋で飲んだ時だ。

 その時、ツマミに買って来たアソートの小袋が一つ、目の前の皿に残っている。

 演劇論を戦わせながら、朝まで日本酒とワインを飲んでは小袋を開けてつまんでいたっけ。

 今、目の前にある最後の一つは、なんとなく食べ残した。

 関西では、こういった一つ残しのものを“遠慮のかたまり”と呼ぶ。

 あつかましいと思われている大阪人にも矜持のようなものがあり、お菓子でもなんでも残り物が一つになったら皆が手をつけるのを遠慮するのだ。

 朝まで飲んでの帰り道、畑中はゾンビに襲われた。

 だから、この“遠慮のかたまり”は、生きてた頃の彼の忘れ形見でもある。

 四年前に始まったゾンビ禍が何処から来たのか本当は分っていない。

 最初は「ハイチ風邪」などと呼ばれていた。

 いつの間にか、ゾンビと人間が共存するようになり、現在では街を歩いていても見かけるのはゾンビばかりになった。

 生きてる人間がぼく以外にどれくらい残っているのか不明だ。

 TVに出て来るアナウンサーやタレントも皆ゾンビだし、畑中のようにドラマに登場する役者もゾンビ。

 お蔭で生きてる人間であるぼくなどには出演オファーが来なくなった。

 ビールでも飲みたくなり冷蔵庫を開ける。

 ペットボトルのコーラしかない。

 コンビニに買いに行くか。

 玄関の扉を開けて立ちすくんだ。

 すぐドアの前に紫色の着物を着た女がこちらを向いて立っていたのだ。

「……あの、何か?」

 思わず語りかけると女は会釈し、黙って離れて行く。

 ゾンビ特有の歩き方だ。

 少し離れた所で振り返り、再びこちらに会釈してから去って行った。

 何者だろう。

「ええ、天気ですなあ」

 不意に上の方から声が響いた。

 見上げると、隣の音羽さんが脚立にのぼり庭木の手入れをしている。

「本当に夏みたいですね」

 返事をした。

「どちらへお出かけで?」

「いや、ちょっとそこまで」

「そうでっか」

 音羽さんが手拭いで顔の汗を拭く。

 音羽さんは新陳代謝のないゾンビなので、拭いたのは汗ではなく熱気に染み出した体液のようだ。

 何かが手拭いに引っ掛かりひらひらと落ちて来た。

 木の葉かなと思って目をやる。

 落ちて来たのは葉っぱではなく、音羽さんの左耳だった。

「すんまへん、ちょっと拾っとくなはれ」

 言われるまま耳を拾って音羽さんに渡す。

 耳は手の中でモゾモゾと動いていた。

「この気候なんで、足が速いんですわ。あとで洗って付けときます」

 そう言いながら、音羽さんは耳をポケットに入れた。

 コンビニの扉には、「生肉はいりました」と大きく書かれている。

 そのせいか、大勢のゾンビが店内に溢れていた。

 冷蔵のウィンドウの中に、肉のパックが積み上げられている。

 ぼくはビールを四缶買って店を出た。

 出る間際に、イートインに掛けているさっきの紫の着物の女を見かけた。

 彼女は口元を真っ赤にして生肉にむしゃぼりついている。

 帰り道で、買い物帰りらしい二人の主婦が道端で立ち話をしているのを見かけた。

 二人とも声が大きいので会話の内容が丸聞こえだ。

「田中さんのご主人、血色が良くて美味しかったわよ」

「水沢さんのお婆ちゃんも肉が渇いててスルメみたいに噛めば噛むほど味わいがあったわ」

「あのお婆ちゃん、ゾンビになってなかったらもう亡くなってたんじゃない?」

「あのお年だから、きっとそうね。ゾンビになった今もお元気で徘徊してるのを見かけたわ」

「あら、生きてる頃と変わらないじゃない」

 ぼくが通りがかると、二人の笑い声が止まりしーんとなる。

 二人共黙ってぼくの方を見ていたが、通り過ぎてから小声で何やらこそこそとしゃべっているのが分った。

 公園に着くと、ベンチに腰を降ろし缶ビールを一本開ける。

「また、お会いしたわね」

 いきなり声をかけられた。いつの間に隣に座ったのか、紫の着物が目に入る。

「あ、ええ……」

 なんとなく相づちを打った。

「みぶさんですよね」

「はい」

「私、人間時代に何度かテレビで拝見したことがあります」

「に、人間時代ですか」

「ええ、ソンビになる前のことです。今や、この町内にはゾンビしか居ませんものね」

「そ、そうなんですか」

「ええ、生きてる人間はみぶさん一人だけ」

「ぼ、ぼくだけですか! ぼくだけゾンビにならない特異体質なんでしょうか」

「そんなことないわ。一噛みされたらゾンビに感染するわよ」

「じゃ、きっとあまりゾンビさんの食欲をそそらないタイプなんですね」

「とんでもない、美味しそうな香りを町中に振りまいてらっしゃるわよ。私だって、こうして近くにいるとむしゃぶりつきたくてたまらないくらい。町のみんなもそう言ってるし……」

 帯の下から彼女のお腹が鳴る音が聞こえる。

「なら、どうして誰も襲って来ないんだろう?」

「あなた、この町のみんなからなんて呼ばれてるか知ってる?」

「……なんて呼ばれてるんです?」

「遠慮のかたまり」

 

 

 怪談会が終わり、高瀬くんと一緒にタクシーで帰ることになった。

 ぼくと彼の家は同方向なのだ。

 高瀬くんとはよく怪談イベントで会う。

 彼は極度の怖がりなのだが、怪談が大好きという変わり者だ。

 拾ったタクシーの運転手はいかつい顔をしていた。

 それだけでも高瀬くんがびくっと震えるのが分る。

 高瀬くんのアパート経由でぼくの家までと行く先を告げた。

 タクシーが発車すると、ラジオから「不思議ものがたり、みぶ真也の深夜のみぶ」とタイトルが流れた。

 高瀬くんが慌てて、

「運転手さん、怖いからラジオを止めてください」

 と頼む。

「高瀬くんは本当に怖がりだな」

「だって、もう怖い話でお腹一杯です」

「大丈夫、この深夜のみぶのコーナーは今年の3月で終わるから」

「ああ、良かった」

 しばらく夜道を走っているうちに、ぼくは異様なものに気づいた。

 車の前方の角に妙な人が立っているのだ。

 体は子供くらいの大きさで、肌の色は灰色。

 全身に毛が無く、大きなつり目、しかもその目は全部黒くて白目がない。

「おい、高瀬くん、あれはもしかして宇宙じ……」

「わっ、幽霊だ!」

 高瀬くんが叫ぶ。 

「きっと幽霊です。淀川で死んだ河童の幽霊かもしれません。甲羅と頭の皿を川で流されてあんな姿になって化けて出たんでしょう。怖ぁ~」

 高瀬くんが震える。

 ぼくから見ると宇宙人にしか見えないのだが、怖がりでお化け好きの高瀬くんは理屈をつけて幽霊だと言い張る。

「いずれにしても人間じゃないことは確か……うわぁ!」

 ぼくは思わず叫んだ。

 タクシーのフロントガラスの向うの上空から、青く光る物体がこちら目掛けて飛んで来たのだ。

「あれは、Uフォ……」

 言いかけたところで高瀬くんが、

「人魂だ! 巨大な人魂。瓜破霊園から来たんだな。怖ぁ~」

 いや、あれはどう見てもUFOなんだが、高瀬くんには人魂に見えるらしい。

 物体の青い光がタクシーを覆い、やがて消えてしまった。

 高瀬くんが河童の幽霊だと言い張る宇宙人もいなくなっている。

「着きましたよ」

 いかつい顔の運転手が車を停めた。

「こんな怖い夜、一人で眠れないんで、みぶさん、ぼくのうちに泊まってくれませんか」

 高瀬くんに言われて、しかたなく一緒にタクシーを降りる。

 料金を受け取った後、運転手は正面を向いて独り言のように、

「この惑星の住人は宇宙人より幽霊の存在を信じているようだ」

 と呟いて缶コーヒーを飲んでいた。