ブログネタ:大阪府教委の「君が代口元監視」どう思う? 参加中いやー、馬鹿馬鹿しいですよね。まず監視してる人は君が代を歌わなくてええのんかという屁理屈を言ってみる。
「生徒のための儀式なのに‥」と言う人がたまにいらっしゃるので、それについて昔アメーバじゃないトコで書いたものを持ってきます。
そもそもの発端は所沢高校での騒動です。
所沢高校は非常に自由な校風の学校で、元々生徒による自主的な卒業式と入学式を行っていた。
しかしその自由さのために学力が低下しているという指摘があり、教育委員会は教育行政側の人物を校長に着任させる。
その校長が生徒主体の卒業式に介入し厳粛な他校と変わらないスタイルの卒業式を強行した(1998年)。
生徒はもちろん反発し、卒業式のボイコットをし、自分たちで「卒業生を送る会」を行った。
一方校長は新入生に「厳粛な入学式」の強制をした。
これがそもそもの始まり。校長と生徒が対立しただけの問題。
しかし校長が卒業式に「国旗と国歌」を強要したため、段々とそちら側が争点になってしまった。
すると各所で卒業式の事が「問題」とされるようになる。
で、広島の世良高校。国歌と国旗の問題で板挟みにあった校長が首吊り自殺。
ここからなし崩しに「国旗国歌法」が制定された感じになり、現在にいたるわけです。
最近の日の丸君が代問題は「生徒の為の行事なのに教師が勝手をするな」という人が多いのですが、
私は疑問に感じています。
じゃあ生徒の為の行事とはなんなのか。厳粛に執り行うのが行事なのか。
生徒が主役なのにいろんな問題が錯綜し、今では生徒が置き去りになっている気がします。
そもそも「問題ではなかった」生徒主体の行事を、学力向上をはかるために「意識統一」の場として変えようとした‥という事を考えると、
今の大阪行政(効率重視)がやろうとしてるのも同じなんだろうなあと思います。日の丸君が代は単なるダシでしかない。
学力を上げるため、効率を上げるためなら、「その他の瑣末な事」はジャマだから全部切り取ってしまう。
だけど学校ってそれでいいのかな?ということ。これでは「予備校」と変わりない。
また、会社とか日本全体にも関連して来る話で、効率以外全部排除したのが「ブラック会社」だったり外国へ流れてしまう大企業だったりするわけで。
もしかしてというか、もしかしなくても1998年から今まで、私たちは国旗と国歌の問題ばかり追っているうちに「効率化」の流れにハマっただけなんじゃないかと。
‥引用ここまで。君が代という歌はそもそもイギリス人作曲らしいっすね(今他のブログで知った)。そういう矛盾もありますし、天皇陛下は強制することを望んでいない。
天皇陛下は、非国民ですか?
それから公務員が成すべき義務と、国民である公務員に与えられた思想の自由。対立しているように見えますがそもそも「権利」と「義務」は等価交換できるもんじゃない。
よく「義務を果たしてから権利を主張しろ」と言っちゃう人がいるんだけども、じゃあ赤ちゃんはどうなの、ってことになる。赤ちゃんは非国民ですか?
たとえ赤ちゃんじゃなくとも、たまに税金滞納したり、職場首になって困ったりするわけで。誰だって義務を果たせない時がある。
しかしそれでも生きられるのが民主主義国家なんですよ。わりと、日本人は民主主義のことが分かっていない。私もよく知らなかった。
だから「すばらしく成熟した共産主義国家」とか言われるんでしょうね。
共産主義なら、口を動かしてるか監視してもしょうがないのかな?
日本人はこの自由の国に生まれている癖に、自ら自由を放棄することがある。放棄したからといって国家に優遇されるわけじゃないのに、他人にもそれを押し付ける。
私はサヨクと呼ばれてもしょうがないし呼ばれたらむしろ誇りに思います。ウヨクもちゃんとした人は日本の事を考えてるし、国歌と国旗については強制しようと思っていない。
サヨクは別にさ、日本を転覆させようと思って発生してるわけじゃない。そもそも右と左っつーのは国家に従うか逆らうかだけじゃないのね。国家を思うからやり方が違うだけなんだよ。
だけど意志もあやふやなくせに主張をして罵倒する人、あれはなんですかね。本当に国を思ってるのかしら。
