意見には個人差があります。いろいろ反論もあるでしょうが、こういう考えもあるのだということだけお収めください。
今回一般の裁判/員が参加する裁判で無期懲役が出ました。
実は地裁の判決なんで、これからどうなるかはわからないんですけれども‥死刑判決が出なくてホッとしています。
自分は死刑反対派です。死んで殺した人が生き返るなら死ねばいいんですが、死んでも被害者や遺族の気が済むのか正直わかりません。今遺族は無期と言われて困惑しているようですが、被告が死刑になったらなったでいずれ悩んでしまうと思うんです。
仇討ちは現代の法律で禁止されています。
あと、仇討ちを代行してもしょうがない。
その、仇討ち代行をいきなり国から「やれ!」といわれてるのが裁/判/員制度です。
なぜ、専門職でない普通の人が司法に参加するようになったんでしょうか?
えっと、昔女性が性/的被/害を被った時、当時の法曹界は男性ばかりだったので被告の判決が軽くなってしまったとか、「専門職」ゆえの偏りがあったんですね。
他にもいろいろなケースがありますが、偏りをなくすため、国民が見守るように制度を作ったわけです。
しかし、なぜかこの裁判/員制度はやたら重い裁判ばっかり取り扱う。
死刑か無期懲役か、それに準ずる判断を問う事件ばかりです。
例えば政治家が賄賂を受け取ったとか、行政が無茶苦茶をして市民が訴える裁判には参加させません。
さてどうしてでしょうか?
これは国民に「司法を触らせておく」という意図があります。
生きるか死ぬかを判断させることで裁/判員は今回非常に苦しんだでしょうが、「こんなことになるなら犯罪はしないし被害者にならないようにしよう」と強く思ったことでしょう。
つまり「犯罪抑止力」です。
一見素晴らしいシステムに見えますがとんでもございません。
犯罪を予防するためには「犯罪をしなくていい世界」をまず構成する必要があるのです。
だけどそういう社会を作るための裁判に関わらせるといろいろメンドウなのでしょうね。
一般人を司法に関わらせるのは「おまえらも犯罪すんなよ、いいか?」と脅しているようなものなんです。
ですから今回もし死刑だったとしたら‥関わった裁/判員は‥?そして「凡例」ができてしまった司法の場は?
見た目には「庶民も裁判に参加できる!」「私たちも社会の一員として自覚をもたなきゃ」とステキな感じに見えるんですけど‥限られた裁判しか参加できないとか欠陥があるうちからやっちゃっている事がなんなのか考えていかないと。
いずれ「司法」だけでなく「軍隊」にも召集されるかもしれない。その準備が実は30年計画で進められてるとかないとか。
小さいとこからコツコツと対応して住み心地のいい社会を作るのはめんどくさくてイヤだけど、でっかく押さえ付けて国民がおとなしく言うことをきく社会はかんたんなので、国は後者を選んでしまいます。
または、おとなしい国民を作ったら儲かる大企業がアレコレ言ってるかもしれません。
まず司法を「生かすか殺すか」で考える前に、こちらの不思議さを考えていかないといかんのではと‥思います。
今回一般の裁判/員が参加する裁判で無期懲役が出ました。
実は地裁の判決なんで、これからどうなるかはわからないんですけれども‥死刑判決が出なくてホッとしています。
自分は死刑反対派です。死んで殺した人が生き返るなら死ねばいいんですが、死んでも被害者や遺族の気が済むのか正直わかりません。今遺族は無期と言われて困惑しているようですが、被告が死刑になったらなったでいずれ悩んでしまうと思うんです。
仇討ちは現代の法律で禁止されています。
あと、仇討ちを代行してもしょうがない。
その、仇討ち代行をいきなり国から「やれ!」といわれてるのが裁/判/員制度です。
なぜ、専門職でない普通の人が司法に参加するようになったんでしょうか?
えっと、昔女性が性/的被/害を被った時、当時の法曹界は男性ばかりだったので被告の判決が軽くなってしまったとか、「専門職」ゆえの偏りがあったんですね。
他にもいろいろなケースがありますが、偏りをなくすため、国民が見守るように制度を作ったわけです。
しかし、なぜかこの裁判/員制度はやたら重い裁判ばっかり取り扱う。
死刑か無期懲役か、それに準ずる判断を問う事件ばかりです。
例えば政治家が賄賂を受け取ったとか、行政が無茶苦茶をして市民が訴える裁判には参加させません。
さてどうしてでしょうか?
これは国民に「司法を触らせておく」という意図があります。
生きるか死ぬかを判断させることで裁/判員は今回非常に苦しんだでしょうが、「こんなことになるなら犯罪はしないし被害者にならないようにしよう」と強く思ったことでしょう。
つまり「犯罪抑止力」です。
一見素晴らしいシステムに見えますがとんでもございません。
犯罪を予防するためには「犯罪をしなくていい世界」をまず構成する必要があるのです。
だけどそういう社会を作るための裁判に関わらせるといろいろメンドウなのでしょうね。
一般人を司法に関わらせるのは「おまえらも犯罪すんなよ、いいか?」と脅しているようなものなんです。
ですから今回もし死刑だったとしたら‥関わった裁/判員は‥?そして「凡例」ができてしまった司法の場は?
見た目には「庶民も裁判に参加できる!」「私たちも社会の一員として自覚をもたなきゃ」とステキな感じに見えるんですけど‥限られた裁判しか参加できないとか欠陥があるうちからやっちゃっている事がなんなのか考えていかないと。
いずれ「司法」だけでなく「軍隊」にも召集されるかもしれない。その準備が実は30年計画で進められてるとかないとか。
小さいとこからコツコツと対応して住み心地のいい社会を作るのはめんどくさくてイヤだけど、でっかく押さえ付けて国民がおとなしく言うことをきく社会はかんたんなので、国は後者を選んでしまいます。
または、おとなしい国民を作ったら儲かる大企業がアレコレ言ってるかもしれません。
まず司法を「生かすか殺すか」で考える前に、こちらの不思議さを考えていかないといかんのではと‥思います。
