予告していたネタです。
週刊少年サンデーで『神のみぞ知るセカイ』を連載している若木民喜先生のブログに「かわいい女の子が描けないと漫画家はやっていけない」と書かれている、ということでいろんな意見が飛び交いました。しかし、よく読むと意味合いが違う。
ブログで確認していただけると幸いですが、一応貼ります。
「マンガ雑誌が面白くない → 新人がやってこない → レベルが低い競争になる → 無理矢理新人を連載させてみるが長続きしない → 仕方ないので、他で実績のある作家を呼んでくる → 単行本は売れるが雑誌の色が希薄になる → 新人がさらにやってこなくなる → さらにレベルの低い競争になる」
「昔は新人は掃いて捨てるほどいたかも知れないけど、今は探して探して、逃がさないように大事に育てないといけないと思う。少子化だし、マンガ連載のきつさも誰もが知るところ。マンガを描こうという新人はどんどん減っていく。今取り合いになっている100万部出る人気作家もその固定ファンも、いずれ年老いていく」
「特にエロパロ美少年美少女を描けないタイプの作家がマンガで食っていくことができなくなる(今でも食っていけないけど)。今でも、マンガは自律的アートの世界になってきてる。アートになると文化としては一段落ちてしまう」
「お金を使わなくても変えられることも、沢山ある。これは編集部や出版社だけじゃなくって、描いている作家も一緒に考えていかないといけないと思う。作家も影ではグチばっかり垂れているけど、だからと言って面と向かっては言えず、ユニオンも作る元気もない。そんなダメ人間であっても、何とかプロでやっていけたのも雑誌のシステムがあったから。そして、日本マンガの本質は、マンガだけしか描けない、社会的ダメ人間だから描ける部分にあるんだ。雑誌がなくなったら、ダメ人間のままではプロになれない」
「あらゆるマンガ雑誌ががんじがらめのなか、サンデーがもし、その本質を見極めてくれれば、今の不況を乗り越えた後、ジャンプを抜くことだって可能だとボクは信じておるのだ。そういう状態になると、ボクは多分淘汰されているだろうけど、漫画界全体がレベルアップしていれば、セカンドレベルでも食っていける。それなら淘汰されても安心だ」
以上。これは「かわいい女の子が描けない問題」ではなく、「漫画界全体が弱くなってきているから、萌えとか耽美とか過激表現とか目を引くものを書かないまっとうな作家から消えていく」という意味ですね。本人は「まっとう」でない作家だと認めている(若木先生は絵が萌えなだけで内容に問題はないと思うけど)‥
つか最初のスパイラルがまさに今のサンデーです。若木先生自身のお陰で持ち直した感があるサンデーだけれども(自分は「神のみ」が大好きだから思うだけですが)、いろいろ入ってくるし謎の新人が来るし大御所に頼らなきゃいけないし(いずれ大御所も大御所のファンも消えてしまうから不安なわけだし)。今のク/ロス/ゲームのアニメ枠、来年一体どーすんだ。
で、mixiでは「かわいい女の子(等の過激要素)がかけなくてもやっていける」と思っている人がたくさんいて、そんな意見を自分は見ていた。
「今だって真面目な漫画を書いている人はいるじゃないか」
「アングラ雑誌にはたくさんいる」
‥それが若木先生のいう「自律的アート」でして、アートと文化は違います。アングラ系の真面目な漫画は、漫画が隆盛した中で発生して平行して存在できたわけだ。だから漫画界全体がダメになれば自然とそっちもダメになるし、もし普通の漫画がダメになってアングラ漫画、アート的漫画だけ残るようになったら漫画は歴史の教科書に名を刻むだけになる。大衆文化はそれじゃダメです。
文学がまさに漫画の将来の姿だと思うのですが‥小説は現在、推理ものとエンターテイメントものが残り、「純文学」は壊滅的。
いずれ漫画もエ ロと萌えと実用系、アート系しか残らなくなるかと。今もそうなりつつある。
若木先生が望むように、「作家をちゃんと育てる」事が一番の理想なのです。編集部が作家を大切にしなければならない。
しかし、需要がない・儲からないと分かれば会社は手を引かざるをえない。売れるためのカンフル剤を使わなきゃならない。これは仕方がないし、作家がおんぶにだっこではダメ。自立している同人作家が強いのはもっともです。ただ、生え抜きで育てないとできない漫画もあるから難しい。同人は同人仲間同士作風が似たりするから‥
あとは少子化。そして今の子供には別の楽しみがたくさんある。漫画はもう、廃れる文化かもしれません。
しかし漫画の次を担うはずのゲームだってファミコン世代に舵を取られた形になり、結局「大人の遊び」に終わりつつある。
一回真剣に、今の子供が何を求めているか考えた事があります。子供は移り気だし、玩具メーカーのちょっとした発想がドカンと当たったりで全く見えないんですよね‥まあ、「娯楽を与える」という考え方からしておかしいわけで。
動向の見やすい大人にターゲットを絞ったら楽でしょうが、大人はいずれいなくなる存在‥
やはり衰退を見守るしかないのでしょうか?
とりあえず囲った新人さんは契約した以上「書く場所」を与えないと育ちません。ジャンプすら増刊が少ない。今一番多い増刊はちゃおなんですぜ。ちゃおの新人はデビューしたらイヤでも2ヶ月おきで6回くらい描けるんです。
自分はサンデーがウェブでやっている「クラブサンデー」みたいなものが期待できるんじゃないかなと思うんですけどね。紙媒体じゃないので在庫が余らない。そこで新人に機会を与えて実験作を作らせてみる。感想も紙媒体と同じように得られるだろうし、そしたら読み手が何を求めているかわかる。
ただしクラブサンデーは知名度が低い。そこがどうにかなれば‥
自分が思う「面白い漫画」とは、実用性も芸術性も問わず、でも毎回買うのが楽しみな漫画です。キャラが楽しかったり、毎回笑いすぎてお腹が痛くなったり、迫力でポカンと口を開けてしまったり‥くだらなかったり単に萌えたりでも構わない。
しかしそんな漫画をいきなりズブの素人が描けるわけない。ただ、新人はみんな面白い漫画を書く芽を持っている。
でも水も与えずに伸びろと言っているのが現在の漫画界。
だからまず黙って漫画を買え、と自分は言います。漫画がつまらなくなった(自分はそう思わないがそういう人は多い)のは自分らが買わなくなって出版社が困窮しているから。
自分たち読者が漫画をつまらなくしていることに気付かないといけないのです。
週刊少年サンデーで『神のみぞ知るセカイ』を連載している若木民喜先生のブログに「かわいい女の子が描けないと漫画家はやっていけない」と書かれている、ということでいろんな意見が飛び交いました。しかし、よく読むと意味合いが違う。
ブログで確認していただけると幸いですが、一応貼ります。
「マンガ雑誌が面白くない → 新人がやってこない → レベルが低い競争になる → 無理矢理新人を連載させてみるが長続きしない → 仕方ないので、他で実績のある作家を呼んでくる → 単行本は売れるが雑誌の色が希薄になる → 新人がさらにやってこなくなる → さらにレベルの低い競争になる」
「昔は新人は掃いて捨てるほどいたかも知れないけど、今は探して探して、逃がさないように大事に育てないといけないと思う。少子化だし、マンガ連載のきつさも誰もが知るところ。マンガを描こうという新人はどんどん減っていく。今取り合いになっている100万部出る人気作家もその固定ファンも、いずれ年老いていく」
「特にエロパロ美少年美少女を描けないタイプの作家がマンガで食っていくことができなくなる(今でも食っていけないけど)。今でも、マンガは自律的アートの世界になってきてる。アートになると文化としては一段落ちてしまう」
「お金を使わなくても変えられることも、沢山ある。これは編集部や出版社だけじゃなくって、描いている作家も一緒に考えていかないといけないと思う。作家も影ではグチばっかり垂れているけど、だからと言って面と向かっては言えず、ユニオンも作る元気もない。そんなダメ人間であっても、何とかプロでやっていけたのも雑誌のシステムがあったから。そして、日本マンガの本質は、マンガだけしか描けない、社会的ダメ人間だから描ける部分にあるんだ。雑誌がなくなったら、ダメ人間のままではプロになれない」
「あらゆるマンガ雑誌ががんじがらめのなか、サンデーがもし、その本質を見極めてくれれば、今の不況を乗り越えた後、ジャンプを抜くことだって可能だとボクは信じておるのだ。そういう状態になると、ボクは多分淘汰されているだろうけど、漫画界全体がレベルアップしていれば、セカンドレベルでも食っていける。それなら淘汰されても安心だ」
以上。これは「かわいい女の子が描けない問題」ではなく、「漫画界全体が弱くなってきているから、萌えとか耽美とか過激表現とか目を引くものを書かないまっとうな作家から消えていく」という意味ですね。本人は「まっとう」でない作家だと認めている(若木先生は絵が萌えなだけで内容に問題はないと思うけど)‥
つか最初のスパイラルがまさに今のサンデーです。若木先生自身のお陰で持ち直した感があるサンデーだけれども(自分は「神のみ」が大好きだから思うだけですが)、いろいろ入ってくるし謎の新人が来るし大御所に頼らなきゃいけないし(いずれ大御所も大御所のファンも消えてしまうから不安なわけだし)。今のク/ロス/ゲームのアニメ枠、来年一体どーすんだ。
で、mixiでは「かわいい女の子(等の過激要素)がかけなくてもやっていける」と思っている人がたくさんいて、そんな意見を自分は見ていた。
「今だって真面目な漫画を書いている人はいるじゃないか」
「アングラ雑誌にはたくさんいる」
‥それが若木先生のいう「自律的アート」でして、アートと文化は違います。アングラ系の真面目な漫画は、漫画が隆盛した中で発生して平行して存在できたわけだ。だから漫画界全体がダメになれば自然とそっちもダメになるし、もし普通の漫画がダメになってアングラ漫画、アート的漫画だけ残るようになったら漫画は歴史の教科書に名を刻むだけになる。大衆文化はそれじゃダメです。
文学がまさに漫画の将来の姿だと思うのですが‥小説は現在、推理ものとエンターテイメントものが残り、「純文学」は壊滅的。
いずれ漫画もエ ロと萌えと実用系、アート系しか残らなくなるかと。今もそうなりつつある。
若木先生が望むように、「作家をちゃんと育てる」事が一番の理想なのです。編集部が作家を大切にしなければならない。
しかし、需要がない・儲からないと分かれば会社は手を引かざるをえない。売れるためのカンフル剤を使わなきゃならない。これは仕方がないし、作家がおんぶにだっこではダメ。自立している同人作家が強いのはもっともです。ただ、生え抜きで育てないとできない漫画もあるから難しい。同人は同人仲間同士作風が似たりするから‥
あとは少子化。そして今の子供には別の楽しみがたくさんある。漫画はもう、廃れる文化かもしれません。
しかし漫画の次を担うはずのゲームだってファミコン世代に舵を取られた形になり、結局「大人の遊び」に終わりつつある。
一回真剣に、今の子供が何を求めているか考えた事があります。子供は移り気だし、玩具メーカーのちょっとした発想がドカンと当たったりで全く見えないんですよね‥まあ、「娯楽を与える」という考え方からしておかしいわけで。
動向の見やすい大人にターゲットを絞ったら楽でしょうが、大人はいずれいなくなる存在‥
やはり衰退を見守るしかないのでしょうか?
とりあえず囲った新人さんは契約した以上「書く場所」を与えないと育ちません。ジャンプすら増刊が少ない。今一番多い増刊はちゃおなんですぜ。ちゃおの新人はデビューしたらイヤでも2ヶ月おきで6回くらい描けるんです。
自分はサンデーがウェブでやっている「クラブサンデー」みたいなものが期待できるんじゃないかなと思うんですけどね。紙媒体じゃないので在庫が余らない。そこで新人に機会を与えて実験作を作らせてみる。感想も紙媒体と同じように得られるだろうし、そしたら読み手が何を求めているかわかる。
ただしクラブサンデーは知名度が低い。そこがどうにかなれば‥
自分が思う「面白い漫画」とは、実用性も芸術性も問わず、でも毎回買うのが楽しみな漫画です。キャラが楽しかったり、毎回笑いすぎてお腹が痛くなったり、迫力でポカンと口を開けてしまったり‥くだらなかったり単に萌えたりでも構わない。
しかしそんな漫画をいきなりズブの素人が描けるわけない。ただ、新人はみんな面白い漫画を書く芽を持っている。
でも水も与えずに伸びろと言っているのが現在の漫画界。
だからまず黙って漫画を買え、と自分は言います。漫画がつまらなくなった(自分はそう思わないがそういう人は多い)のは自分らが買わなくなって出版社が困窮しているから。
自分たち読者が漫画をつまらなくしていることに気付かないといけないのです。
