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仏門にとって、女性とはなんなのか。
愛することと守ることはなんなのか。


まんまんちゃん、あん。3巻
幻冬舎バーズコミックス・きづきあきら+サトウナンキ



★あらすじ★
兄弟が多く、家に居場所もなく、行く場所もなかっためぐり。降って湧いた縁談の相手は、お坊さんでした。
めぐりは長男の嫁として、姑をびっくりさせるくらいの働きをし、檀家さんをまとめていくのですが、夫である信玄さんが交通事故で急逝―。
残されためぐりには、寺を守らなければならないという使命が残っていた。次男の一円、弟子の慶春、檀家総代が連れて来た慈恩。めぐりは3人のうちの誰かと契り、跡継ぎを作らなければ、現在の住職亡き後義母たちは寺を没収されてしまうのだ。
それでもめぐりが愛したのは信玄で、それ以上のことはないのだったが‥?!


☆☆☆


最終巻です。2巻もズキズキ心が痛む内容でしたが、終わりにゆくに従い、胸が痛くて泣きそうでした。感動の涙ではなくて、理不尽さとせつなさとがないまぜというか。しかし、最後の一円の言葉が全てのメッセージであり、非常に仏教的だと思います。


先週の週刊ダイヤモンド(1/24号、1月19日発売号・ダイヤモンド社)がこの漫画の問題をモロに特集していました。「葬儀と寺にかかるカネ」だったかな。

お寺というのは江戸時代まで、村の人の悩みをきいたり子供に読み書きを教えたり、周囲と密着した存在でしたが、明治時代に神道とごっちゃにしてしまったため、戒律もあってないようなものになり、「葬式」にしか動かないような存在になってしまいました。

昔は何も言わなくても檀家が普通に寄附をしていましたが、今は寺が要求しないと存続すら難しいことになっています。
だから葬儀社と結託して「葬儀をするならこの坊さんでないといけない」と言い遺族から法外なお金をだましとる、なんてことがある。現代、故郷を離れて東京で墓を建てることになると昔からの檀家つながりも崩壊してしまうため、「葬儀に坊さんはいらない」という選択もできる。金だけとって宗派の違うお経を読んじゃうような「ニセ坊主」すらたくさんいる。寺が信用できなくなるのは当たり前です。



こんな時代でも法は残してゆきたい。慶春と慈恩は思うのですが、二人のやり方は違いました。
二人の問答を見ていた一円も、「次男だから」とのんびりしていた考えを改めていきます。

慈恩さんは「ネット墓参り」「お寺でPC教室」等「どんな形でもお参りにきてくれればいい」と言います。しかし慶春は「そんなの許されない」とめぐりを奪おうと‥。


お寺は法を守る存在として伝統を重んじ気高くあるべきだとも思いますが、敷居が高くては誰も来ません。
昔の寺がどれだけ地域に密着していたのか?寺は誰のためにあるのか?その義務すら果たせなければ意味がないのだと思います。


そんな教議の在り方にも巻き込まれるめぐりです。彼女を寺に招き寄せた「まんまんちゃん」はめぐりに何を伝えたかったのでしょうか?

めぐりは一人の男性を選びますが、決して彼限定ではなく他の僧侶からも助けられて生きていくと思います。

愚かなりに愛して生きていく。それが答えだったのだと思うんです。


寺の中だけでなく、誰にとっても。

これはゾツとする愛憎、許しを余す事なく書き切った漫画です。坊主につられるもよし、自分に喝を入れたいあなたに。