朝起きぬけにこれを読んだらお腹が空いて空いて後悔しました。しかも「あーパン買い忘れた、でもごはんは炊いてあるからみそ汁作って‥冷蔵庫にレタスとベーコンがあるからそれを和風だしで炒めて食べればいい‥昼は豆腐か豚ハツを使わなきゃいけないから野菜を買ってこなきゃ‥」なんて御飯についての「脳内言語」が炸裂するという後遺症まで出てしまったのです。
これぞマンガ力!
きのう何食べた?2巻
モーニングKC・よしながふみ
★ざっくりしたあらすじ★
弁護士の筧史郎と美容師の矢吹賢二。40歳のゲイカップルが性欲の代わりに食欲で満たされて暮らす料理と日常の漫画でございます。漫画の半分をしめる料理場面がとにかくおいしそうに書いてあって、空腹時には危険な漫画です。
☆☆☆
この漫画はあまりに有名だし人気作だし、自分も大好きだし、だいたいの感想は1巻で書いてありますので、ちょっと違う事を書きます。
巻の最後あたりになって史郎の父に食道ガンが見つかり、母と手術に付き添う話があります。
その前に史郎は賢二にもあまり気持ちを話せないのですが、料理仲間である主婦の佳代子さんには「お父さんがガンだってわかった時どう思った?」と尋ねます(佳代子さんの父もガン経験ある)。
すると佳代子さんは、
「一番最初に『ああガンになったのが母でなくてよかった』と思った」と答えます。
史郎はホッとします。
「よかった、俺自分が人でなしじゃないかと思って誰にも言ってなかったんだよ‥」
妻を残して夫が死ぬのとその逆と、どれだけ情況が違うかということ。残された方の親を思うと、しのごの言えない大人のリアルがあります。
そうしてようやく史郎は賢二に「話をきいてもらっていいかな」と言い出せるようになります。
手術当日は精神的にガッタガタになっている母を支えて10時間一緒に待つ史郎。
史郎の母はなかなかの困ったさんで、史郎がゲイであることを「はずかしくないのよ!お母さん一生懸命理解するから!一緒に頑張って生きていきましょう!」というズレまくった理解をしています。
しかもふわふわしていて自己啓発にハマったり流されたり、史郎の悩みのタネ。手術を待つ間もいきなり「お父さんが死んだらどうしよう!!」と立ち上がって泣いてしまう‥
40歳の史郎にとってはすでに親は頼るものでなく、支えなければいけないものです。
とても当たり前の事ですが、いくら大人だって「ガン」を相手にすれば動揺はする。
その動揺した心は、どこに置けばいいのでしょうか?
史郎にとって、どうもそれが佳代子さんのようです。料理が上手で道理のよく分かっている主婦。「料理」が好きな史郎にとっては先輩です。
でもじゃあ何故、恋人の史郎には言えなかったのか?
ここの話になるまでに結構書いてあるのですが、史郎にも「元カレ」がいて、また賢二にも「元カレ」や友達がいて、感情をストレートにぶつけて仲たがいを繰り返しているのです。
愛し合っていても、その外からやってくる問題の解決は不可能であることを知ってしまったようです。
だって恋人なんて年齢も同じくらいだろうし、役割は「愛を満たすこと」であって「悩みを解決すること」ではないから。
史郎は賢二とそんな「違う問題」でこじれて別れたくない。「ガンが母でなくてよかった」なんて言って誤解される可能性もある。
佳代子さんをクッションにしてさらに賢二と暮らしていく史郎なのです。
自分らは「友達」やら「恋人」やらに全てを託し期待をしすぎて、期待が裏切られたときにそのまま嫌いになってしまうことがあります。
せっかく繋がった絆なのに、お門違いの話で絆が切れる。もったいない話です。
相談をする人、一緒に暮らす人、どこかへ出掛けて遊ぶ人、ライブ仲間、趣味仲間、仕事の同僚、家族‥みんな「役割」が違うのに使い方を間違うと悲劇が起こります。
一緒に暮らす史郎と賢二、全てを話すわけじゃないしぴったりの好みってわけでもない。ただ一緒にいると心地のよい恋人。
しかし‥
長年暮らし性も何もなくなって友達のようになって老いて行く史郎の両親。
しかし手術で動揺している母を見て「お母さんはそんなにお父さんが好きだったの?」と尋ねます。
すると「当たり前じゃない大好きよ!」とはっきり。
まだまだ、「役割」を越えた関係というものはあるんですよね。
というわけで「大根のホタテサラダは前から作ってたから、ちょっと悔しい」気持ちを隠せない自分でございました。
これぞマンガ力!
きのう何食べた?2巻
モーニングKC・よしながふみ
★ざっくりしたあらすじ★
弁護士の筧史郎と美容師の矢吹賢二。40歳のゲイカップルが性欲の代わりに食欲で満たされて暮らす料理と日常の漫画でございます。漫画の半分をしめる料理場面がとにかくおいしそうに書いてあって、空腹時には危険な漫画です。
☆☆☆
この漫画はあまりに有名だし人気作だし、自分も大好きだし、だいたいの感想は1巻で書いてありますので、ちょっと違う事を書きます。
巻の最後あたりになって史郎の父に食道ガンが見つかり、母と手術に付き添う話があります。
その前に史郎は賢二にもあまり気持ちを話せないのですが、料理仲間である主婦の佳代子さんには「お父さんがガンだってわかった時どう思った?」と尋ねます(佳代子さんの父もガン経験ある)。
すると佳代子さんは、
「一番最初に『ああガンになったのが母でなくてよかった』と思った」と答えます。
史郎はホッとします。
「よかった、俺自分が人でなしじゃないかと思って誰にも言ってなかったんだよ‥」
妻を残して夫が死ぬのとその逆と、どれだけ情況が違うかということ。残された方の親を思うと、しのごの言えない大人のリアルがあります。
そうしてようやく史郎は賢二に「話をきいてもらっていいかな」と言い出せるようになります。
手術当日は精神的にガッタガタになっている母を支えて10時間一緒に待つ史郎。
史郎の母はなかなかの困ったさんで、史郎がゲイであることを「はずかしくないのよ!お母さん一生懸命理解するから!一緒に頑張って生きていきましょう!」というズレまくった理解をしています。
しかもふわふわしていて自己啓発にハマったり流されたり、史郎の悩みのタネ。手術を待つ間もいきなり「お父さんが死んだらどうしよう!!」と立ち上がって泣いてしまう‥
40歳の史郎にとってはすでに親は頼るものでなく、支えなければいけないものです。
とても当たり前の事ですが、いくら大人だって「ガン」を相手にすれば動揺はする。
その動揺した心は、どこに置けばいいのでしょうか?
史郎にとって、どうもそれが佳代子さんのようです。料理が上手で道理のよく分かっている主婦。「料理」が好きな史郎にとっては先輩です。
でもじゃあ何故、恋人の史郎には言えなかったのか?
ここの話になるまでに結構書いてあるのですが、史郎にも「元カレ」がいて、また賢二にも「元カレ」や友達がいて、感情をストレートにぶつけて仲たがいを繰り返しているのです。
愛し合っていても、その外からやってくる問題の解決は不可能であることを知ってしまったようです。
だって恋人なんて年齢も同じくらいだろうし、役割は「愛を満たすこと」であって「悩みを解決すること」ではないから。
史郎は賢二とそんな「違う問題」でこじれて別れたくない。「ガンが母でなくてよかった」なんて言って誤解される可能性もある。
佳代子さんをクッションにしてさらに賢二と暮らしていく史郎なのです。
自分らは「友達」やら「恋人」やらに全てを託し期待をしすぎて、期待が裏切られたときにそのまま嫌いになってしまうことがあります。
せっかく繋がった絆なのに、お門違いの話で絆が切れる。もったいない話です。
相談をする人、一緒に暮らす人、どこかへ出掛けて遊ぶ人、ライブ仲間、趣味仲間、仕事の同僚、家族‥みんな「役割」が違うのに使い方を間違うと悲劇が起こります。
一緒に暮らす史郎と賢二、全てを話すわけじゃないしぴったりの好みってわけでもない。ただ一緒にいると心地のよい恋人。
しかし‥
長年暮らし性も何もなくなって友達のようになって老いて行く史郎の両親。
しかし手術で動揺している母を見て「お母さんはそんなにお父さんが好きだったの?」と尋ねます。
すると「当たり前じゃない大好きよ!」とはっきり。
まだまだ、「役割」を越えた関係というものはあるんですよね。
というわけで「大根のホタテサラダは前から作ってたから、ちょっと悔しい」気持ちを隠せない自分でございました。

