2巻の最後に載ってる話のアレンジ。

いつも主題がはっきりしていていいなあ。「特別な孤独でいるか、みんなと同じでいるか」
ニコはほんとに普通の中学生だ。新人類だった親に「普通にしつつ個性を伸ばせ」と言われてジレンマに苦しんでる。うちらの時はただ「普通に目立たず生きろ」だったんで、それは幸せなのかそうでないのか。

で、お歯黒女=月子は「埋もれるくらいならどんな形でも誰かの記憶に残りたい」と言うけど、

‥それストーカー心理だよね。

たしかにたまに「薔薇のように美しく散りたい(笑)」と思うこともあるんだけど、

人間の死はミミズや蚊やアメーバと同じで心臓と脳みその停止としか思ってないので、

華々しく散ってもきっとそんなこたあ覚えてないし、自分の葬式で泣く親とか仲間を空から見る、なんてこともできないと思ってるし、

というか死んだらなにもかもがなくなる、「なくなる」ということすら認識できないんだなと思うと、

地獄より怖いな。

だから「生き地獄」でも生きて何かを見て感じて時に狂っても生きてる方がマシかなと思う。

最後に浅丘ルリ子は言う。「自分らしい仕事をするんじゃなくて与えられた仕事でいかに自分らしくやるか。それが自分らしさ」

大人になりたくない大人はなぜ拒むのかといえば、大人という存在が「下降」するものだと見ているからだ、と香山リカの本にあった。たしかにそれは真実だ。いろんなものを捨ててるからね。だけど下降しても「楽しい」「すばらしい」んだと今の大人が見本を示してやらないとだれも大人にはならない、そう言う。

今ステキな大人がどんだけいるのか。スポットを当てられているのはほとんどが「永遠の子供」だ。
みんな子供に憧れるさ。

自分の父親も‥こういっちゃなんだけど「永遠の子供」みたいなとこがあって、それでそこそこ慕われて生きてるもんだから、自分もまだ「大人」ってやつがよくわからない。


だから‥月子はかなりはいつくばって生きることになったけど、それでも「生きてる」。えらいよ、すごい脱皮だったと思う。

で、それを知って大泣きするロボ。ロボってメカマニアで子供っぽいかと思いきや、仕事してるし、しょぼい。それなのにすごく当たり前に感動したり、変なモーション起こしたり。

ロボ、ちゃんと「大人」なんだよな。

ダメでも生きてる。そんなロボが愛しいと思った。