「勝てば天国負ければ地獄!早く来い来い木曜日!」
この響きが懐かしい人は、‥トシだ。
自分は「ドリフ」と「ウルトラクイズ」と「ドラえもん」で育って来た。同世代の男性が「キン肉マン」「ガンダム」「北斗の拳」「ビックリマン」で育ってきたのと同じように。
昭和51年、ウルトラクイズは始まった。日本を脱出し西海岸から入ってクイズバトルを繰り返し、敗れた者は罰ゲームを受けた上で東京強制送還。そしてニューヨークにたどり着き、クイズ王が決まる。
視聴率がよかったんだろう。結局ウルトラクイズは秋に2時間の木曜スペシャル枠を4~5回使い、一ヶ月の間見ているこっちをワクワクさせた。
何がよかったって、出演しているのがモロ「素人」だからだ。素人が突然クイズで才能を発揮する。
そしてクイズに参加した万単位の人間が海をこえて�=?M$/$i$$$K$J$k$H!"0l?M$R$H$j$K%-%c%i%/%?!<$,$D$$$F$/$k!#AjKP<h$j$,9%$-$G$*$C$+$1$7$F$$$k=w@-!"8%7l%^%K%"!"CeN.$7CK!E8D@-$,K-$+$G!"H`$i$O%i%$%P%k$J$N$KM'>p$r0i$s$G$$$/!#
だから勝者が敗者を突き落とすとき、敗者も勝者も泣くのだ。
ぐっとくるんだな、これが。
それからクイズは普通じゃない。高校生クイズをみれば分かると思うが、あれよりすさまじいことをしていたのだ。
グアムで二択のクイズを出され、○×書いてある二つのパネルを選んで飛び込む。当たれば合格だが、外れるとドロンコに真っ逆さま。しかもグアムの土はつくと落ちないらしい‥「ドロンコクイズ」である。
アメリカの荒野にヘリが出て、クイズの入った封筒がばらまかれる「バラマキクイズ」。挑戦者はものすごく走って拾って戻ってくるが、「ハズレ」が入ってたりする!司会者福留さんの「これを何と読む!」は今でもたまに漫画に出てきたりする有名な台詞だ。
あと恥ずかしい事を大声で叫ばないと解答権が得られない「大声クイズ」、町をマラソンしながら答える「マラソンクイズ」、とにかく過酷だ。
これを家族で見て笑ったり唸ったり泣いたりした。罰ゲームもそんなにひどいものではなく、クスリとする程度。親も安心して見せられた。
‥さて、9回はヨーロッパ進出、10回では解答者が南北アメリカに分かれて全然違うクイズを行い、ニューヨークで初めて誰が残ったか知る、なんてことがあったり、11回ではパチンコでフィーバーして敗者復活した人が優勝してしまう。
そしてウルトラクイズが好きな方は13回と15回が印象深いと思う。
回数を重ねるごとに大学が「クイズ研究会」を作りクイズを追究しはじめたのだ。するとすさまじい挑戦者が現れてくる。
パジャマにヒゲという、ともするとオ●ムみたいな男。しかし彼が、13回の優勝者・長戸さんである。対して永田さんというすさまじい頭脳の持ち主もいる。二人は決勝でぶつかるが、なんと同じ大学のクイ研の先輩後輩なのだ。
二人とも、特に永田さんはミリオネアで一千万つかむなどウルトラクイズの後もクイズ番組で活躍しており、今でも人気がある。
15回は能勢さんという、またすごいクイズ王が現れた。もう一人の実力者・大石さんとの一騎打ちは泣けた。しかし能勢さんは賞品に穴を掘らなければ手に入らない温泉を貰い、入浴シーンを撮られた。一応局部に目隠しはされていたのだが、何回も目隠しがずれ、日本中にお尻をさらすというある意味「罰ゲーム」を受けてしまったのである。
能勢さんもミリオネアで一千万獲得している。彼も大人気だ。
それからつい半年程前、TVチャンピオンで「クイズ作成王決定戦」をやっていたのだが、どこかで見た顔が‥。
最後のクイズ王、ミニラ田中がいたのだ。彼はクイズを作る方に回っていた。もちろん優勝だ。
さて、ウルトラクイズは16回をもって終了する。絶対参加すると思っていた自分は、18になる前に夢を絶たれてしまった。
視聴率も頭打ちになっていたし、福留さんの言葉が今でも強く心に残る。「始めた頃は若者がアメリカに来てクイズそっちのけで外国を楽しんだり、普通の友情を育んでいた。しかし回を追うとみんながマニア化してきて見物もしないでクイズについて語り合っている。これではダメだと思った」
だから15回で福沢アナに交代。もう若者にとって「アメリカ」が珍しいものではなくなっていたんだと思う。クイズが先に立っただけだと思う。
時代の流れだ。でもみんなマニアとしての友情をちゃんと作り上げていた。だから面白かったんだが。
そして一回だけウルトラクイズは復活したが、クイズ性より「人間」を測る、みたいな造りになっていた。ちょっと疑問だった。クイズに一生懸命になっている人だってクイズという「青春」を謳歌しているのに、それを全く無視したような流れだったのだ。結局明るくて盛り上げ上手な若者が優勝した。なんだか「若者はこうでなければならない」と言われているみたいで、じゃあそうでない人は死んでいるのか?という疑問だけが残った。
今は夏の終わりに「高校生クイズ」がウルトラクイズの名残をほんのり残して開催される。
今優勝するのはやはり、クイズに一生懸命な子だ。ちょっとオタクっぽかったりもする。でも、彼らはいろんなものを代償にしてクイズに賭けてきたのだ。
努力した子が栄光を掴む。当たり前の認識は今少しずつ戻って来ている。
あと、「あいのり」はウルトラクイズが「恋」に変わっただけのものだと思う。だから毎週気になるのだろう。若者が集まる姿はいつ見てもおもしろいのだ。
この響きが懐かしい人は、‥トシだ。
自分は「ドリフ」と「ウルトラクイズ」と「ドラえもん」で育って来た。同世代の男性が「キン肉マン」「ガンダム」「北斗の拳」「ビックリマン」で育ってきたのと同じように。
昭和51年、ウルトラクイズは始まった。日本を脱出し西海岸から入ってクイズバトルを繰り返し、敗れた者は罰ゲームを受けた上で東京強制送還。そしてニューヨークにたどり着き、クイズ王が決まる。
視聴率がよかったんだろう。結局ウルトラクイズは秋に2時間の木曜スペシャル枠を4~5回使い、一ヶ月の間見ているこっちをワクワクさせた。
何がよかったって、出演しているのがモロ「素人」だからだ。素人が突然クイズで才能を発揮する。
そしてクイズに参加した万単位の人間が海をこえて�=?M$/$i$$$K$J$k$H!"0l?M$R$H$j$K%-%c%i%/%?!<$,$D$$$F$/$k!#AjKP<h$j$,9%$-$G$*$C$+$1$7$F$$$k=w@-!"8%7l%^%K%"!"CeN.$7CK!E8D@-$,K-$+$G!"H`$i$O%i%$%P%k$J$N$KM'>p$r0i$s$G$$$/!#
だから勝者が敗者を突き落とすとき、敗者も勝者も泣くのだ。
ぐっとくるんだな、これが。
それからクイズは普通じゃない。高校生クイズをみれば分かると思うが、あれよりすさまじいことをしていたのだ。
グアムで二択のクイズを出され、○×書いてある二つのパネルを選んで飛び込む。当たれば合格だが、外れるとドロンコに真っ逆さま。しかもグアムの土はつくと落ちないらしい‥「ドロンコクイズ」である。
アメリカの荒野にヘリが出て、クイズの入った封筒がばらまかれる「バラマキクイズ」。挑戦者はものすごく走って拾って戻ってくるが、「ハズレ」が入ってたりする!司会者福留さんの「これを何と読む!」は今でもたまに漫画に出てきたりする有名な台詞だ。
あと恥ずかしい事を大声で叫ばないと解答権が得られない「大声クイズ」、町をマラソンしながら答える「マラソンクイズ」、とにかく過酷だ。
これを家族で見て笑ったり唸ったり泣いたりした。罰ゲームもそんなにひどいものではなく、クスリとする程度。親も安心して見せられた。
‥さて、9回はヨーロッパ進出、10回では解答者が南北アメリカに分かれて全然違うクイズを行い、ニューヨークで初めて誰が残ったか知る、なんてことがあったり、11回ではパチンコでフィーバーして敗者復活した人が優勝してしまう。
そしてウルトラクイズが好きな方は13回と15回が印象深いと思う。
回数を重ねるごとに大学が「クイズ研究会」を作りクイズを追究しはじめたのだ。するとすさまじい挑戦者が現れてくる。
パジャマにヒゲという、ともするとオ●ムみたいな男。しかし彼が、13回の優勝者・長戸さんである。対して永田さんというすさまじい頭脳の持ち主もいる。二人は決勝でぶつかるが、なんと同じ大学のクイ研の先輩後輩なのだ。
二人とも、特に永田さんはミリオネアで一千万つかむなどウルトラクイズの後もクイズ番組で活躍しており、今でも人気がある。
15回は能勢さんという、またすごいクイズ王が現れた。もう一人の実力者・大石さんとの一騎打ちは泣けた。しかし能勢さんは賞品に穴を掘らなければ手に入らない温泉を貰い、入浴シーンを撮られた。一応局部に目隠しはされていたのだが、何回も目隠しがずれ、日本中にお尻をさらすというある意味「罰ゲーム」を受けてしまったのである。
能勢さんもミリオネアで一千万獲得している。彼も大人気だ。
それからつい半年程前、TVチャンピオンで「クイズ作成王決定戦」をやっていたのだが、どこかで見た顔が‥。
最後のクイズ王、ミニラ田中がいたのだ。彼はクイズを作る方に回っていた。もちろん優勝だ。
さて、ウルトラクイズは16回をもって終了する。絶対参加すると思っていた自分は、18になる前に夢を絶たれてしまった。
視聴率も頭打ちになっていたし、福留さんの言葉が今でも強く心に残る。「始めた頃は若者がアメリカに来てクイズそっちのけで外国を楽しんだり、普通の友情を育んでいた。しかし回を追うとみんながマニア化してきて見物もしないでクイズについて語り合っている。これではダメだと思った」
だから15回で福沢アナに交代。もう若者にとって「アメリカ」が珍しいものではなくなっていたんだと思う。クイズが先に立っただけだと思う。
時代の流れだ。でもみんなマニアとしての友情をちゃんと作り上げていた。だから面白かったんだが。
そして一回だけウルトラクイズは復活したが、クイズ性より「人間」を測る、みたいな造りになっていた。ちょっと疑問だった。クイズに一生懸命になっている人だってクイズという「青春」を謳歌しているのに、それを全く無視したような流れだったのだ。結局明るくて盛り上げ上手な若者が優勝した。なんだか「若者はこうでなければならない」と言われているみたいで、じゃあそうでない人は死んでいるのか?という疑問だけが残った。
今は夏の終わりに「高校生クイズ」がウルトラクイズの名残をほんのり残して開催される。
今優勝するのはやはり、クイズに一生懸命な子だ。ちょっとオタクっぽかったりもする。でも、彼らはいろんなものを代償にしてクイズに賭けてきたのだ。
努力した子が栄光を掴む。当たり前の認識は今少しずつ戻って来ている。
あと、「あいのり」はウルトラクイズが「恋」に変わっただけのものだと思う。だから毎週気になるのだろう。若者が集まる姿はいつ見てもおもしろいのだ。
