たまに人と話していてうっかり自分のおたくな話を出してしまったとする。

あ、しまったと思うだろう。

なぜなら相手は引きぎみの顔をして「へーそうなんだ、くわしいね‥」とまとめ、「話は変わるんだけど」とスルーしていく。

あれほど恥ずかしい瞬間はない。

でもなあ。これがオタクな話じゃなかったらということになると別問題だ。

専門学校のゼミがすごく厳しかった。美術館や映画館に行ったり、課題の本を読んで次の週までに論じなければならなかった。
だから毎週関連書物を図書館に行って調べなければならない。しかもすごい量だ。
先生は言った。
「自分が無知だと思ったら恥と思え。それをひけらかして相手を責めるような奴は馬鹿だ。世の中のすべてに好奇心を持て。猫は好奇心で死ぬ生き物だ。死ぬ気でついていけ」

‥だから、自分は自分より深い人(それが例えオタク方向であっても)に出会っても、食いつくことにしている。

オタクを「キモい」という人間は本当にキモいと思っている反面、自分の無知を封じ込めたい思いがあるんじゃないだろうか。

専門家を「すっごーい、私馬鹿だからわかんない」と流す人はそこで自分の容量をとどめてしまうことになる。

しかし。

「時をかける少女」(原作)で、たしか未来から来た少年は未来では睡眠学習をすると言っていた。
未来は今より遥かに科学が進んだが、それを全部学ぶのに費やす時間は計り知れない。軽く寿命を越えてしまう。
だから脳に睡眠中も情報を流さなければならないというわけだ。

すでに自分たちの回りは知らなければならない事が溢れかえっている。だから仕事を分けてそれぞれが知識を分担しないと世界が成り立たないのだ。

しかも分担させられた人々は世界をよりよくしていこうともっと知識を増やし新しくつけ加えていく。

自分の知らないことが今もものすごい速度で増えているのだろう。

おっつかないことは分かっている。理系関連や経済の話は全く解らない。

でも、それをまず「恥ずかしい」と思う事から始めなければならないと思う。

まあ、オタクはアレだけどそれなりに生きてるのさ。
‥自分の知識ひけらかしてそれで満足げな顔をしてしまうんだけど。