今日とくダネを見ていたら、松坂がイチローに投げたたった一球にコメンテーターが騒いでいた。9分割のボードにマグネットをつけ、ああだこうだ。

一球一球語られたりするのってきっと松坂と「三橋」ぐらいだな、と思ってしまった。

今日、関東地方でひぐちアサ著「おおきく振りかぶって」のアニメが放送開始する。

2年前のMOE2月号は特集が「永遠の少女マンガ100」。有名少女マンガ家にアンケートを行い、オススメマンガや昔好きだったマンガについての回答が載っていた。
その中の高野文子先生の回答「青年漫画を描いているひぐちアサという人は少女マンガのいいところをたくさん栄養にしている気がする」。
高野文子先生は北村薫の「私」シリーズの挿絵をしていて「いい絵だなあ」と思い、「るきさん」も惚れた。
そんな人が認める作家とはどんなものだろう。本屋に行くと略称「おお振り」は平積みだった。人気あるのか、ととりあえず買ってみた。野球漫画だ。

アフタヌーン。イメージが「女神さま」である。男性向け萌えマンガの草分けだと思っていた。

しかし‥

「これは、たしかに少女マンガだ」そう思った。

とにかく絵が柔らかい。上手くはない。でもあたたかい筆致。それから「ほてほて(歩く音)」「とかちこ(人がぶつかる音)」「ヒャリリリン(携帯電話)」など、擬態音が妙なのだ。

普通のマンガなら「てくてく」「ごつん」「ピリリリリ」だ。できるだけ正確に音を伝えようとするだろう。ひぐちは正確さより、自分に聞こえたままを表現するのだ。

少女マンガはモノローグが多く、心情を追うので絵が省略されたりする。花が咲く。ひぐちは絵は省略しないが、音や表現を丸くつつみ、全体的にマンガにやわらかさをもたらす。

それからキャラクターの心情がどっと溢れる。別にモノローグだけではない。一つのコマにキャラクターが交差し、思い思いの行動をする。一人に焦点を絞り追っていくと、その仕種でそのキャラが何をしようとしているのかがわかってしまうのだ。


しかし、これが「青年漫画」として受け入れられているのは彼女が取材し研究しつくした「野球理論」による。

主人公の投手、三橋は小柄。一生懸命投げても110キロしか出ない。だから中学で負け続ける。

しかし三橋は筋肉番付の「ストラックアウト」でパーフェクトできるすごいコントロールの持ち主。プロでもいない。しかも変化球を4つ持つが、ストレートが投げられない。
いや、ストレートの「つもり」の球は投げられる。しかしその球は目のいい打者を狂わせる球なのだ。

松坂の「ジャイロボール」に近い。打者は投手が投げた時点でいつバットを振ればいいか分かる。しかし三橋の球はいきなり浮いたように見え、空振りを誘うのだ。

剛速球に消える魔球。今までの漫画をひっくり返す事態が起こった。しかもコントロールを外さないので、頭脳派捕手の阿部は三橋にさまざまなコースを投げさせて打者を迷わせ、しとめてしまう。

試合で守りに入ると阿部の配球に「なんだこれは!」と思い、じっと食いつかなければならなくなる。どこに投げると打たれるか、打ち上げるか、ゴロになるか、ストライクが取れるのかがちゃんと分かるのだ。

2ちゃんに行くともう大変だ。「三橋は次にこう投げて‥」「こう投げれば安全のはずだ」「そろそろ潰れるんじゃないのか」
野球経験者やファンが漫画についてではなく試合についてを語る場所になっているのだ。

速い球投げればいいわけじゃなかったのか。すごいショックを覚える。

しかも打たれた球は他のメンバーがしっかり処理する。9人ちゃんと「存在」するのだ。補欠すらランナーコーチとして声をかけ、試合に関わり結果を生み出す。

そのメンバーは日常は16歳のガキンチョで、しょうもないことをほざいたり性欲出したりふてくされたりする。でも仲がいい。

基本的にいい奴らで、人を理解しようとし、いじめで自信喪失している三橋を囲んでもり立てていく。

青春、である。

だが‥ひぐちは青春を両面描く作家なのだ。

前作「ヤサシイワタシ」を読んでますます衝撃だった。テニスをあきらめた青年と、エキセントリックな女性の先輩。大学の中で回りを巻き込み、二人は近づくが‥近づきすぎた故に最悪の最後を迎えてしまうのだ。これは少女まんがというよりはその上の年齢に向けた作品。でも感情はおそろしいほど鋭くえぐるように描写される。
大学生ともなると「こいつはこれこれこういう理由で嫌いだ」「でも百歩譲って仲間でいられる」という関係が成立する。
それまでだと理由を口に出すことはしないしできない。社会人になったらそんな相手は黙殺する。
一番ホンネを出し、しかしぬるい関係を持てる場所。それが大学だ。

そこでキャラクターたちはいがみあい、叫びののしり、でも交わり‥だが‥。

読んでいて懐かしかったが、同時に辛かった。痛々しい青春だった。

当分彼女は「おお振り」を描いていくだろう。しかし終わった時次に出るのは表か裏か?

興味深い。