もう10年くらい前になるのだろうか?お菓子を食べながらテレビを見ていたら臨時ニュース。

「漫画家の藤子不二雄Fさんが死去」

頭からすーっと血の気がひいた。「うそぉ!まだ60くらいじゃん!」と叫んだ。
そして、その時が、

ドラえもんの終わりだったのだ。

すげー悲しかった‥

自分、バリバリの団塊ベビーなんすけど、

生まれて間もなくドラえもんが始まって、夜の6時あたりの帯と7時のと2回見て。
怪物くんがあってハットリくんがあってパーマンがあってプロゴルファー猿があって。それがひとまとめで「藤子不二雄ランド」という一時間番組が毎日。

毎日藤子不二雄を見て育ってきた。

今じゃ考えらんない事だ。
で、そんな時TBSでは「ワンダービート」っていう医学アニメをやっていた。これは面白かった。病気を治すためにミクロサイズになった船が体内に入り、悪玉と戦うのだ。こんなんホントにあったらいいなと思った。

で‥番組の最後にベレー帽で鼻の大きいおじさんがでてくる。なんか医学についてちょっとだけ話して消える。

そう、これが手塚先生だったのだ。ワンダービートは手塚先生が監修を手掛けたアニメだった。

というわけで、

子供だった自分の、手塚先生に対する印象はこれが最初。

当時手塚治虫はもう、子供向けに漫画を書いていなかった。今の大御所がよくやる「監修」なんてことをしていたのだ。たしか父親が気まぐれに買ってきた雑誌に「陽だまりの詩」が載ってたかなあという感じ。

あと家には「火の鳥望郷編」があった。雑誌形式だったから今残ってたらいくらしたんだろう。
でも、難しかった‥

テレ東でリボンの騎士やジャングル大帝が再放送されていたが、手塚治虫に触れる機会は藤子不二雄に遠く及ばない。ドラえもんは自分がお小遣をもって近所の本屋に行けば買えた。でも、手塚作品は‥。今だって映画版ノベライズのどろろは簡単に手に入るけど原作は注文が必要だ。

そして手塚治虫が亡くなる。特別番組が組まれたけれど、たしかにすごい人だったことはわかったけど、それから10年して藤子不二雄Fが亡くなった時の方がショックだった。


つまり何が言いたいかというと‥かなり危険な発言だが、

多分団塊ベビーから下は、手塚治虫の影響を受けてないってことなのだ。

漫画論の本は今、かなりの数で出てると思う。自分も卒論を「漫画論」でいってみようかと野望を抱いてとにかく本を片っ端から読んだのだ。

するとどうしても手塚治虫を避けて通れない。書いている人がみな団塊世代以上だから、きっと少年時代すごく手塚治虫と密接に関わってたに違いない。

でも、こっちはピンとこない。

いや、たしかに日本の漫画を日本のものにしたのは手塚治虫だ。刺されても打たれても次のシーンで元気に復活する夢の国のネズミに対し、手塚治虫は打たれたら死ぬ、ということをキャラクターに与えた。これはマダラの原作者が必ず本に書くことなんだけど。

「傷つく身体」を持った日本の漫画はストーリーも一緒に傷を内包していった。そうやって夢の国から離れていったわけだ。
手塚治虫の功績は計り知れない。今ある漫画がホモサピエンスなら、手塚治虫は哺乳類の祖先のネズミみたいなもんだ。

でもなあ‥

とにかく図書館いって探さなきゃ手塚治虫は読めなかったのだ。大学生じゃあるまいし子供が読め言われたって無理なのだ。

それに対して藤子不二雄(F)はずっと子供に漫画を書き続けた。最後の仕事がドラえもんの映画版だもの。だから自分たちはずっとドラえもんを読むことができたのだ。

もちろん藤子不二雄は手塚治虫の弟子だから、その影響を受けなかったわけないし、それを自分達が感じていることは否定しない。でも、それもせいぜい最後の弟子・高橋留美子までだ。
だから団塊ベビーはまだまだ影響があるかもしれないけど、その下の世代、平成を越えて生まれた子供はもう漫画の基準がドラえもんじゃなくてドラゴンボールやスラムダンクになってるのかもしれない。

世代によって「神」とあがめる漫画家が違うのに、同じ漫画論をといていてはいかんと思う。

もちろん論じる前に全てを踏まえる必要はあるけど。
でもライトノベル論で自然主義がどうとかいわんやろ。

漫画論が遅れをとってはいかんよ。
今漫画を論じるなら、漫画の内容がどう深いかもいいけど、売れる漫画がどうして売れるのか、世相と時代の流れと子供の動きをなぞらえて論じる必要もあるんじゃないか?

漫画は文芸的な部分もあるけど時代に流動しやすいから、ジャーナリズム的・経済的な見方も必要だと思うのだ。

危険な発言なので批判いろいろあると思います。もし意見があれば貴方の年齢を添えてお願いします。年齢によって意識がどう違うのか知りたいので。