Mia_YVR

Mia_YVR

From Vancouver, Canada

Amebaでブログを始めよう!

Kids

黒柳徹子さんが、国連大使としてアフリカの貧しい村を訪れたとき、
村長さんから聞いたこと。
食べ物も飲み物も無い、ひからびた毎日の中、
自ら命を絶った子はひとりもいないそうです。

日本の学校のいじめと、
次々と命を絶つ子供たちのニュースに、
心が痛みます。

どうしてこうなってしまったのでしょう?

子供たちは、「命の大切さ」を分かっているのでしょうか。

それより、私たち大人は、分かっているのでしょうか。

子供に、「命ってどうして大切なの。なんで生きなきゃいけないの。
私の命なんだから私の勝手じゃない。」
と聞かれたら、答えられるでしょうか。

私はうまく答えられません。
でも生きなきゃいけない!って本能と直感が叫んでます。

学校に行きたくなかったら行かなくていいよ。
日本で生きにくかったら他の国でもいいじゃない。

みっともなくてもいい、人と違っててもいい、
毎日泣いててもいい、どこに居てもいい。

でも生きててください。

つらい思いをいっぱいした人は、
その分、たくさん笑える日が必ず来るから。

suitcase


…てか、休暇申請するずっと前から、
航空券買っちゃってたんだけど(*^-^*)

「キャンセル不可」の航空券を先に手に入れてから、
後には引けない状態で上司に休暇願いを出すと、
どうやらお願いするときの迫力が違うらしく 笑
大抵、ころっとOKが出ますの♪

部下に甘いうちの会社だけかなっ?

さて。
行き先はJAPANです(^-^)

1年ぶりだな~

3週間もあるのか~

何しよっかなぁ~ 笑


ちなみに、バンクーバーの年末年始は、湿ってます。
この街の冬は、日本の梅雨から温度を20度下げたようなのが、
5~6ヶ月毎日続き…

クリスマスは、家族で過ごすので、友達はみんな里帰り。
ほかにはニューイヤーパーティーがあるくらいで、
花火とかも無いし… 1月2日から普通に出勤だし…

あぁ書いてるだけでテンションが下がるのでやめましょう 笑

年末年始はやっぱりJAPANが好きさ☆

ところで今回は、
「外国人 or 外国永住者だけが使える」という、
JRパスというものを買っちゃいます♪
約3万円で、7日間、新幹線含むJRが乗り放題という
お得な定期!

ただしこれを、日本人の顔した日本人がJR改札で提示すると、
駅員さんに怪訝な顔をされる…
という体験談を聞いてます(^-^;
「ニホンゴチョトダケシャベリマス」とか言ってみるか。
JRパス、使ったことある人いますか?

それから東京・横浜・大阪・神戸・名古屋で
「ここ行ってみて!」ってとこがあったら
教えてねん♪

フェリー EDCC campus


日記にも何回か書いてきたとおり、
私はカナダとアメリカ、両方の国に数年ずつ住んでみて、
カナダのほうが居心地良いと感じ、今は永住している。

だけど、留学中、短大・大学はアメリカを選んだ。
元々アメリカに留学したかったのと、専攻の数が多いことが理由。
それにカナダの大学は、当時、留学生の受け入れが厳しかった。

アメリカの短大は、シアトルから北に20分ほどドライブした、
エドモンズ・ビーチという高級住宅地のそばにある。
ここで大学編入コースにまず入り、
そのあと大学3年に編入する計画だった。

Fort St. Johnでの留学1年目が終わった夏休み。
まずは日本で休憩。
高校の親友を連れて、カナディアン・ロッキーなどを旅行して、
バンクーバー経由で、いよいよシアトルへ。
シアトルに決めたのは、やっぱりカナダに未練があって 笑
なるべく国境近くにへばりついて居たかったから。

シアトルの空港には、
学校のホームステイ担当女性が迎えに来てくれた。
彼女のワゴン車でハイウェイを走る。

さっきまで居たバンクーバーと地続きで、景色も似ているのに、
早速、何かが違う…
気のせいか、車が、カナダより速く走ってるような。

ホスト宅に到着。
ここのホストは、成人した娘・息子がいるシングルマザーで、
ほかにもうひとり、台湾からの留学生も預かっている。

マザーのシャーロットと、たまたま遊びに来ていた娘のリアが、
出迎えてくれた。さばさばしていて付き合いやすそう。

シャーロットは、フルタイムで働きながら、
夜間の大学院に通い、そのほかもスポーツに精を出す、
忙しそうなキャリアウーマン。
適度に放っておいてくれる彼女のやり方が、
留学2年目で慣れてきた私には、心地よかった。

私が通った短大は、留学生受け入れに力を入れていて、
思いつく限りの国々から、毎年500人以上の留学生を迎える。
インターナショナル・スクールという名が相応しい。
あれだけ様々な国の人たちと一緒に過ごすなんて、
国連にでも就職しない限りもう二度とないかもしれない。

入学して間もなくの「オリエンテーション・キャンプ」では、
留学生みんなでフェリーに乗り、離島で一泊。
ゲームをしたり、カヌーに乗ったり、国ごとの出し物をしたりで、
あちこちの国からたくさんの友達ができた。

そして授業が始まった。
短大とは言え、大学編入コースなので、
授業内容は、アメリカの大学1・2年生と同じだった。
最初は、体育とか生物とか簡単な授業から取るのが鉄則なのに、
どういうわけか、「ミクロ経済学」に登録してしまった。

アメリカの大学は、卒業が大変、
というのは皆さんも聞いたことがあると思う。

本当に、教科書は、百科事典のようにぶ厚い。
予習をしていることを前提に授業がどんどん進むので、
1科目につき毎晩50ページ近くを読んでいた。

日本語で理解できないものが、英語で理解できるはずもなく、
最初の頃は泣きそうになりながら、夕食後に机に向かった。

しかも、中学までは要領と記憶力で成績が良く、
高校は好きな男の子の顔を見るだけのために登校していた私には、
「コツコツ勉強する」というクセがついていなかった。

しかし人間、追い詰められると泣きながらでもやるのだ。

シャーロットの「私ができるんだからあなたもできる」
という言葉に叱咤激励され、1年生の最初の学期は、
オールAで乗り切った。

「がんばれば、アメリカ人よりもいい成績をもらえるんだ!」と、
大きな自信がついた。
何ごとも、一生懸命やるということがなかったそれまでの私。
一生懸命の気持ち良さをようやく学んだ。

だからと言って、勉強ばかりしていたわけではない。
アメリカ、日本、香港、台湾、インドネシア、マレーシア、
シンガポール、オランダ、フランス、ロシア、ハイチ、等から、
数々の友達と出会って、いーっぱい遊んだ。

恋愛もいーっぱいした。
そういえばシアトルの2年間は、人生最大のモテ期だった! 笑

次回の日記は、シアトルで培った、
かけがえのない友情について、書こうと思う。
いつまでも終わらないで欲しい、
宝物のような日々の連続だった。

※名前はすべて仮名です。
(続く)