昨年月は、父の十三回忌法要だった。

 

しかし新型ウイルス感染症の拡大ということがあり、

東京から私の参列は叶わずだった。

 

父はガン闘病ののち亡くなったのだが

最後はガンが肺にも転移し、呼吸も苦しくなっていた。

 

話すこともままならず

ボードを使って筆談で会話をしたり、

指や手を使って、家族に合図をしていた。

 

父は亡くなる前、母が人取り残されることをとても危惧していた。

 

それは最期、

 

父は両手で、自分が死んだら、対2が対1になってしまう、と、

弟夫婦と残される母のことを

 

ふるえる両手と指を使って、懸命に表現し、

母を悲しいまなざしで見つめていた。

 

父が逝去した折りには

小さな田舎の斎場に

父を偲んで700人を超える方が弔問に来てくださった。

 

きっとその誰しもの目に、幸せな家族と映ったと思う。

表向きには、何ら問題のない家族にみえていたことだろう。

 

おとうさん、あなたの大好きだったお母さんのこと

私は護ってあげられただろうかな?

 

私は、人残されたお母さんの役に立てていたかな?

 

 

父が亡くなって十数年。

となっても、気丈に家事やさまざをこなし、

家業のため弟家族のために

働き続けてきた母。

 

母の叫びや訴えを

幾度と聞いてきたけれど。

 

なんら全面解決に導けたことはなかったかと思うし

私が力になれたり手助けできたのも、きっと何分の一かで。

 

お母さんに対して、

そしてお父さんにも

お母さんを護ってあげられなかったこと

やはり申し訳なく思うのです( ノД`)( ノД`)