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師 と 士

                                    

「東京で妊婦受け入れられずに死亡」などと、救急病院の受け入れ拒否が各地で繰りかえされている。医師不足だけの問題であろうか。確かに産婦人科医、小児科医は減少しているようではあるが、数の面から見ると、全体の医師の数は増えているという。昨今の医療ミス賠償問題などで、君子危うきに近寄らず的な感が、あるように思えてならない。しかし、原因は何処にあろうと、「命に危険がある患者さん」が目の前にいるのに、当直医が一人しかいないから…と断る神経が、理解できないのは私だけであろうか。

各種の国家試験を合格して仕事に就き、先生と呼ばれる人が、世の中には沢山居る。これら多くの先生がたを、次のように大別できる。学校で教わる教師や私たちの命を預ける医師や看護師など「師の付く先生がた」と、弁護士や会計士、測量士など「士の付く先生がた」に。

この師と士は、どこが違うのだろうか。違うからこそ、区別されているのではないだろうか。士に何かプラスされたものが師、ではないのかと思うが、いかがだろうか?

ある時、お医者さんが、こんな説明をしているのを聞いた。「手術は成功しましたが、患者さんの体力が手術に耐えられなくて、残念ながら亡くなられました」と。なにか変だな、おかしいなと思った。「医療・医術が進むにつれて、病気を診すぎるために、病人を看ていない現象に陥りやすい」と自戒していた別の医師の言葉を思い出していた。

中世のヨーロッパでは、病人の身分を見て診察していた風潮に、若い医師は「病人を見ずに、病気を診よ」と警鐘を鳴らしたという。そして科学と医療が進んだ今は「病気を診ずに、病人を看よ」と自戒している人がいる。

先般、映画「おくりびと」を見た。召されてゆく人や遺族を思い、心を込めて厳かに納棺をするシーンに感動した。この人の職業は、納棺師である。同じ仕事をするのにも心の入れ方、魂の伴う行いは、誰をも感動させる。

人の生死や教育に携わる仕事は、大変なこととは思うが、最近医士や教士と思える人が多くなったな、と感じられてならない。今一度、当事者を含めて「師と士の違い」を、確認しあうことを薦めたい。

                                    (九八〇字)