昔、自分はそこそこ常識があり、自分の考えはおおむね世間一般のそれに沿っていると思っていた。
だから自分の常識と大分違う人がいると常識のない人だと憤りを感じたり、軽蔑の念さえいだいていた。
しかし今見渡すと、その人たちは多くの人から慕われたり多くの人の輪の中にいる。
そして自分の周りには誰一人いない。
常識のないのは自分だったのだ。
間違っていたのは自分だったのだ。
それに気づいたところでどうにもできるわけでもない。
それは今までの自分の全否定するということだから。
仮に全否定したところでどう変えればいいのか。それすら自分にはわからない。いや、わかっているのだ。変えようのないことに。全否定するということは自分の存在を否定することになるからだ。
前々から自分の存在を言葉上で否定しておきながら、本当に否定することが怖いのだろう。
自分の人生に意味などなかったことを。
だから自分の常識と大分違う人がいると常識のない人だと憤りを感じたり、軽蔑の念さえいだいていた。
しかし今見渡すと、その人たちは多くの人から慕われたり多くの人の輪の中にいる。
そして自分の周りには誰一人いない。
常識のないのは自分だったのだ。
間違っていたのは自分だったのだ。
それに気づいたところでどうにもできるわけでもない。
それは今までの自分の全否定するということだから。
仮に全否定したところでどう変えればいいのか。それすら自分にはわからない。いや、わかっているのだ。変えようのないことに。全否定するということは自分の存在を否定することになるからだ。
前々から自分の存在を言葉上で否定しておきながら、本当に否定することが怖いのだろう。
自分の人生に意味などなかったことを。