みなさん、おばんです。

 

 太平洋の、どこかもしれない海から、煙がユラユラ高い空へ真っ直ぐ立ち上ってゆきます。

 

 レラ・サンの電撃によってマルコゲにされた、太平洋イチの星の航海士アルアル・トンプソン。いまはもう、見るも無残な、炭化した真っ黒いヒトデでしかありせん。

 

 風が、無い。凪の海に、オカマの警備員カマちゃんと金魚のレラを乗せたダイオウイカの白い躯体が漂っています。ダイオウイカは燃えるヒトデの熱に耐えかねたのか、少しだけ躯体を海に沈ませました。その拍子に、マルコゲのアルアル・トンプソンが海のソコへ落ちて行きました。

 

 カマちゃんは、死にそうです。いえ、すでにもう医学的には死んでいるかもしれません。

 

 レラは、思案しておりました。この男を助けるべきか、否か。果たして、生かすことができるのか。そして、コノ男の利用価値について。

 

 人間または、それ以外の動物にパラサイトすることで移動を自由にし、目標物に接触する。相手がレラを認識できる距離の範囲でないと、レラの暗示は効かない。目標物が人間なら、当然、パラサイトする相手は人間の方が都合がいい。だから、レラにとってカマちゃんは移動手段でしかない。人間であれば誰でもいい。

 

 しかし、カマちゃんは、レラが目標とするジョン・ロトンを知っている。ジョンもカマちゃんを知っている。暗示がかかりやすい。2人の再会に、無理がない。しかし、彼は、生命を終えようとしている。

 

 レラだけでは、海から上陸する際に、苦労することになる。鳥や猫は、たまに暗示がかからない場合がある。食べられる危険がある。なるべく電撃は使いたくない。エネルギーを無駄に使いたくない。レラは、自身にも、寿命というものがあるのを知っている。それまでに、サーカスに会いたい。それ以外に、生きる意味はない。

 

 レラは、海へ潜り、群れて泳ぐ小魚の集団に、カマちゃんのエサになるよう暗示をかけました。小魚たちは喜び勇んで我先にとダイオウイカにピチピチ跳ね上がりました。そして次に、レラは、2割増しぐらいのパワーでもって、カマちゃんに暗示をかけました。

 

 鎌田ミノル!わたしを助ける夢をみなさい!わたしを助けるために、この魚達を食べるのです!

 

 ドドーン!というわけで、カマちゃんは乾ききった手を伸ばし、小魚を掴み、口元へ運びます。が、それから、口の中へ入れることができません。レラは暗示の力の弱さを疑いました。もう少し、出力を上げる必要があるのか。レラは再度、5割増しぐらいのパワーでもって、暗示をかけました。カマちゃんは口を開け、小魚を口の中へ入れました。しかし、それっきり、咀嚼が出来ません。口の中で小魚がピチピチ跳ねるばかりで、喉の向こうへ入ってゆきません。レラは、次に7割ぐらいのパワーでもって、暗示がかけました。カマちゃんは、ガリガリ小魚を噛み砕き、ゴクっとソレを飲み込みました。しかし、すぐに、ソレを吐き出してしまいました。

 

 カマちゃんは、『ナマモノ』をまったくうけつけない身体だったのです。身体は、精神を裏切るのか。レラは自分の能力の限界を知りました。いえ、人間の、その個人が出来ることの限界を。人間が鳥のように空を飛べないように。逆もまた然り。

 

 しかし、この時点で、まだ、カマちゃんの脳は正常に機能していたことを証明しています。脳機能が死んでいたら、暗示はかかりません。レラは、カマちゃんを生かすことの可能性を感じました。

 

 ビリビリビリ!レラは小魚に電撃を与え、焼き魚として、カマちゃんに提供したのです。

 

 鎌田ミノル!その焼き魚を食べなさい!生きなさい!

 

 すると、どうでしょう、今度は、手さえ、動かなくなったのです。脳死。カマちゃんの、脳が死んだ、とレラは思いました。焼けた魚だけが、カマちゃんの傍らで、香ばしい匂いを漂わせていました。と、次の瞬間、突然、ムクッとカマちゃんは立ち上がりました。両腕をダランと下げて、生気の無い、青白い顔を、南西の方角へ向けていました。意識は、沖縄に向かっているようでした。そうして何の前触れも無く、急に踊りだしたのです。マイケル・ジャクソンのスリラーでした。ほぼ、完コピでした。

 

 

 

 

 みなさん、おばんです。

 

 『叫んでないムンクの叫び』を海面に見たカマちゃんは心臓が止まるほどビックリ仰天しましたが、ソレを表情に出せないほど衰弱しており、ダイオウイカのヌルヌルした胴体に顔面をベッタリ押し付けた状態で、背中をくの字に折り曲げて動かなくなりました。

 

 カマちゃんの身体にパラサイトしていたレラ・サンは、カマちゃんの身体の異変に気付き、慌てて胃から口へと移動しましたが、口はダイオウイカに塞がれており、脱出できません。

 

 起きて!鎌田ミノル!わたしを助ける夢を見なさい!

 

 レラ・サンは必死になってカマちゃんに呼びかけますが、反応がありません。

 

 やばい。見誤った。人間がこんなに弱い生き物だとは。ヒトデやイカはこんなにも元気なのに、何故、人間だけが、弱るの?どうして?

 

 アルアル・トンプソンは、ぐったりして動かなくなったカマちゃんにソロリソロリ近づいて死期が近いことを感知しました。カマちゃんをオキナワに連れて行く夢が、何かに浸食されてゆきます。目の前の相手が、徐々に、それまでとは違う対象になってゆきます。航海師という役割を押し退けて、捕食者としての本能が目覚め出したのです。

 

アルアル「ヘイヘイヘイ!あんた大丈夫かい?大丈夫じゃねーか。どうすんだい。このまま、オキナワとやらに向かっていいのかい?」

 

 カマちゃんは、返事をしません。

 

アルアル「・・・死ぬんだろ?そうだろ?」

 

 カマちゃんの意識に、アルアル・トンプソンの声が、断片的に、意味を成さない音節として、ずいぶん遠くから聞こえます。

 

アルアル「・・・食っちゃうぞ。いいか?」

 

 カマちゃんの意識が、遠のきます。

 

アルアル「・・・約束は、守るよ。けど、オキナワに着く頃には、あんたは、もう、いないよ」

 

 カマちゃんの命が、尽きそうです。

 

 アルアル・トンプソンはカマちゃんの後頭部によじ登り、星型の真ん中にある口を大きく開き、自身の胃袋を吐き出しました。それをまるで風呂敷のように広げてゆき、カマちゃんの頭をすっぽり包み込んでしまいました。すると、間もなくして、カマちゃんの毛髪が溶けてゆきます。アルアルの胃の中で消化されてゆくのです。

 

 食べちゃダメ!アルアル・トンプソン!この男を生かしなさい!

 

 レラは自分の身にも危険が及ぶと判断し、アルアルに更なる暗示をかけました。しかしアルアルの野性がレラの暗示を拒みます。そのとき、カマちゃんの体がビクッと痙攣して、その反動で顔が浮いたのです。その一瞬を見逃さず、レラ・サンはカマちゃんの口から外へ飛び出ました。間髪入れずレラはアルアルの胃袋に跳ね上がりました。

 

 ビリビリビリビリ!と閃光が走り、アルアルの星型が焦げて、煙が立ち上りました。

 

 

 

 

 

 

 みなさん、おばんです。

 

 オカマの警備員カマちゃんこと鎌田ミノルは、ヒトデの航海師アルアル・トンプソンがナビゲートするダイオウイカに乗って太平洋を沖縄へ向かっておりました。

 

 カマちゃんは、満天の星空に抱かれて、ジョンの夢をみておりました。

 

 真っ白いシーツが敷かれたキングサイズのベッドに素っ裸で横たわるジョン&カマちゃん。

 

 ジョンはカマちゃんの短いを髪をなで「おでこ、広くなったね」と耳元にささやきます。

 

 カマちゃんはジュワっと股間を蒸気させ、尻を突き出しジョンに背中を向けました。ジョンはそのまま、加山雄三風に言葉を継ぎます。

 

ジョン「いやーぼかーねー、ゆめがあるんだー。そのゆめはねー、欧米の帝国の植民地支配からのアラブの民の解放と、ムスリムのためのムスリムによるパレスチナ国家の建国なんだー。人種は問わないよー。敬虔なイスラム教徒、つまりねー、純粋な平和主義者なら、誰でもいいなー、そんな人達と美しい国をつくりたいなー、いいだろ?」

 

 カマちゃんは股間から蒸気を発しながら、小さく頷きました。ジョンは相変わらずカマちゃんの短い髪をなで「頭頂部、透けてきたね」と耳に息を吹きかけながら、ささやきます。

 

 カマちゃんは「しんぼうたまらん!」と掛け声を発し、ジョンの心棒を後ろ手に握りしめ自身のバックヴァギナにインサートしようと試みましたが、ジョンに拒絶されました。

 

ジョン「ラブ&ピースに、セックス&ドラッグは必要ないよ」

 

 カマちゃんはジョンを振り返り、顔を真っ赤にさせ「じゃあ、どうして、わたしをこんなとこに誘ったのよ!おもわせぶりにもほどがあるわ!ベッドインしたら、ヴァギナインするにきまってんでしょ!」

 

ジョン「平和のベッドインだって言ったじゃんか。しかも、こんな大勢の人の前で、セックスできる?」

 

 カマちゃんは、ハッとして、周りを見回しました。なるほど、何人もの人がカメラを構え、マイクを突き出して二人にコメントを求めていました。

 

カマ「ごめんね、ごめんね、ジョン。わたしが間違っていたわ。赦して。お願い。わたしを嫌いにならないで」

 

ジョン「うん。キミを嫌いになることはないけど、その、口からはみ出てる、金魚の尻尾みたいなのは、ちょっと気になるかな」

 

 カマちゃんはびっくりして、自身の口元に手をやりました。魚のぬるっとして手触りがあり、驚いて悲鳴を上げたところで、目を覚ました。

 

 口元からレラ・サンが顔を出し、寝ぼけまなこのカマちゃんに、こう言いました。

 

レラ「大丈夫。あなたの夢は、わたしの夢でもあるのよ。わたしをジョンのもとに連れて行ってくれたアカツキには、ジョンに、あなたを永遠に愛する夢を見させてあげるわ」

 

カマ「ほんとうに?ほんとにほんと?」

 

レラ「ウソはつかないわ。わたしは金魚よ」

 

カマ「けど、あなた、ジョンに、なんのために会いにゆくの?」

 

レラ「サーカスに会うためよ」

 

カマ「サーカス?キノシタとかキグレとか?」

 

レラ「まあ、そんなとこよ」

 

カマ「そうか。そういうことね。サーカスに出たいのね。あなたら、きっと、高く買ってくれるわ」

 

 レラはカマちゃんの言葉の意味を瞬時に解析し、とんだ勘違いをさせてしまったことを後悔しながら、カマちゃんの口から喉を通過し胃の中へ潜っていきました。

 

 カマちゃんは、ジョンに会える日のことを思うだけで胸がいっぱい、お腹もいっぱいみたいな感じで、つまり、夢の力によって、もう何日も食べ物を口にしていない状態でも元気でした。

 

 レラ・サンの能力、人間の潜在能力を引き出し超人的な力を発揮させることによる効果なのでしょうが、まったく空腹を感じません。が、しかし、髪の毛が抜け、皮膚ははがれ、骨が浮き出てきました。レラ・サンの能力をもってしても、エントロピー増大の法則に抗うことは出来ません。何故なら夢は食べられないからです。

 

 そのうち、昼間の航海時、カマちゃんは海面に『叫んでないムンクの叫び』を目にしたとき、感情が動かないほど衰弱していたのでした。