皆さん、おばんです。

 

 北朝鮮工作員パク・ナムル(偽名ルゥリィドゥ)は、LAの中華レストランに下宿しながら、当局の指示どおり、中国人留学生としてUCLAに通うことになっただ。

 

 自身の素性がバレないか不安で緊張していたパクだったが、拍子抜けするぐらい、その手続きは簡便に行われ、アメリカ文学を研究する学科の3年生に編入することができただ。

 

 その日のうちに、事務局のスタッフに大学構内と教室を案内され、彼のクラスを担当する教授に引き合わされただ。

 

 研究室をノックすると、カミーン!と甲高い声がしただ。ドアを開け中に入ると、教授はニコやかに彼を迎え入れ、抱きつかんばかりに大きく腕を広げて近づいてキタだ。その圧に押されてパクは変な後ずさりをして、教授のハグをかわしてしまっただ。教授はひきつった笑顔で、「キミはボクシングでもやってるのかな?」と言い、イスに座るよううながしただ。

 

教授「キミの母国の大学での成績は素晴らしいね。卒業論文も読ませてもらったよ。カンペキな英語で書かれていたよ。えっーと、タイトルは・・・」

 

 教授が乱雑した机の上をあさるのを見て、パクは答えタダ。

 

パク「タイトルは『メルヴィルのクジラとヨナ記におけるソレの類似点と商業捕鯨規制の相関性の考察』です」

 

教授「・・・だよねー。ソレソレ。すばらしかったよ。内容はイマイチ理解できなかったけど」

 

パク「すみません。ボク自身が理解するために書いたものですから、つまり、思いついたことを走り書きした文章のままで、だから、他人に呼んでもらう場合の丁寧さが不足していたかもしれません」

 

教授「いいのいいの。ソレをわかってくれてるんだったらソレでいいの。そういうとこを伸ばしていこうよ。ココはソレができるところだよ」

 

 パクは曖昧にうなずいたが、教授が言うソレが何だかわからなかっただ。丁寧な英語を学ぶ、ということだろうか。ソレに関して言えば、アメリカ英語は、ネイティブスピーカー以上であると、自負していただ。彼は、世界の全言語を操れるだけでなく、他の誰よりも、その言語の成り立ちを理解した上で話し、読み書きができると信じていただ。いや、実際、ソレができただ。そして、そのことを、その謎の核心に迫る質問を教授はパクに、投げかけタダ。

 

 一体、キミは、その能力を、どこで、いつ、手に入れたのだ、と。

 

 パクは、こう言って、曖昧にはぐらかしただ。

 

パク「わたしの祖国、中国では、たまに、ボクみたいな人間が、先天的に過剰な能力を持って生まれてくるモノがいるのです。まあ、これを、障害、と換言してもいいですが。隔離、または、迫害の対象です。だから、祖国を追われて、ここに、来たのです」

 

 教授は「グッド」と言い「明日、教室で会おうと」手を差し出しただ。パクをその手を握り、微笑んだだ。帰り際、パクは、中国からのプレゼントだといい、教授にあるものを手渡しただ。そのあるものを振りながら、教授はパクを見送っただ。盗聴器が仕掛けられた、卓球のラケットだっただ。英文学教授アーサー・モラーは、次期大統領候補ロナルド・レーガンの親しい友人であっただ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みなさん、おばんです。

 

 中華料理の一流シェフに仕立て上げられた北朝鮮工作員パク・ナムル(偽名ルゥリィドゥ)は、LAで中華レストランを営むリィ一家に招かれただ。

 

 ソコで、初めて麻婆豆腐を食べて、雷が落ちて感電したように心身ともマルコゲになったパクは、厨房に立ちすくんだだ。

 

 パクは、麻婆豆腐がマズかったことにショックを受けただけじゃなく、単純に、何をすればいいかわからなかっただ。そこで、「まずは、この店の味を知ってからじゃないと、料理を作る気になれないな」と口からでまかせを言い、フィアンセのミシェル・リィのパパが作る料理を味見することにしただ。しかし、彼は、一切の中華料理が口に合わず、もちろん、料理も作れず、自分をこういう状況に陥れた当局を恨んだだ。

 

 一体、北朝鮮の諜報を指揮する幹部は、自分に何を期待しているのか、わからなかっただ。何故に、自分が、中華料理店で働かなくてはならないのか、そして、フィアンセまであてがわれなくてはならないのか。それらが、諜報活動の隠れミノとして、自分の身分を保障してくれるのか、はなはだ疑問だっただ。とにかく、ココから逃げ出したい一心だっただ。しかし逃げようにも逃げられず、「うーむ、なるほど、この味はまさしくLAスタイルですね」などと知ったふうなことを言って場を白けさせ、自分でもゾッとして、それに身体が反応したのか、自分でも気付かず、変な後ずさりをしていただ。

 

 そんなパクの挙動不審な様子を見て、フィアンセのミシェルは冷たく笑って「今の、もう一回やって見せてよ」彼に声をかけタダ。

 

パク「え?何?」

 

ミシェル「今、変なステップを踏んだでしょ。滑るような、バックステップ」

 

 パクは、無意識にしていた自分の動きを指摘され、確かに、元いた場所から離れつつあることを知っただ。逃げたい心が自分にパックステップを踏ませタダ。床を滑るような変な後ずさりを。

 

ミシェル「ちょっと、外に出て、わたしにも教えてよ」

 

パク「いやー、けど、まだ仕事中だから・・・」

 

 とパクは言い、ミシェルのパパの方をチラっと見やっただ。するとパパは、パクとミシェルを交互に見やりながら、「明日、ウチの味を参考にして、料理を作ってくれよ。今日は、疲れたろう。ゆっくり休んでくれ」と、半ば呆れ顔で言っただ。

 期待どおりの言葉を聞いて、パクは、ひとまずこの場を切り抜けられたことに安堵し、初日から幾度も窮地を救ってくれたミシェルが頼もしく思えタダ。

 

 それから、ストリートに出たパクとミシェルは、滑るような変な後ずさりをして、しばらく遊んだだ。

 

 このとき、変な後ずさりをする2人を、店の前の道路を走る車から見ていた若いオトコがいただ。そのオトコは、後に、2人のパックステップを参考にして、あるダンスを生み出しただ。それが、ムーンウォークと呼ばれるようになったとは、パクとミシェルには知るヨシもなかっただ。

 

 

 みなさん、おばんです。

 

 ミシェル・リィに案内されて初めてコリアタウンを訪れた北朝鮮工作員パク(偽名ルゥリィドゥ)は、今まで見たこともない華やかな町並みと賑わいに目を見張りながら、フツフツと激しい憎悪が湧き起こるのを感じていただ。

 

 それは、いわゆる西側の敵対国家の繁栄に対する嫉妬からくるものだし、また、素直に魅力を感じて興奮する自分を戒め、東側へ引き戻す表れだと自覚しただ。パクは、north korean in LA の1人の男の内心に善悪の無い分断を視て、ひどく動揺しただ。オレが信じて頼るものは、どちら側にあるのだ?と。

 

 パクとミシェルがキムチを買って戻ると、店は、すでに開店しており、数組の客が食事していただ。

 

 パクは、麻婆豆腐という謎の料理のアレコレをミシェルにさりげなく聞いて、キムチに豆腐と唐辛子と胡麻油を混ぜ合わせたようなものを想像し、それを作ろうと意気込んでいただ。しかし、パクが目にしたソレは、想像していたものとは近くて遠いものだっただ。

 

 パクはミシェルとともに、厨房に招かれ、パパに、客用に作った麻婆豆腐の味見を勧められただ。中華鍋には、グツグツ煮立った赤茶色の汁の中にサイコロ状の豆腐が浮かんでいただ。パクは、それがまるで地獄のカマ茹でのようだと思っただ。

 

 パクは平静を装い、シェフ気取で、中華鍋からヒトサジすくい、口に入れタダ。ホット、スパイシー&オイリー過ぎる、初めて口する味にショックを受けて、なんとか、喉に流し込んだだ。

 

パパ「どうだい?ウチの麻婆豆腐は」

 

パク「・・・うーん、もうちょっと辛くてもいいかな」

 

 パクは、涙目になりながら、そう答えタダ。