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『抱きたいけど その前に話したいことがあるんだけどいいかな。』
紗江子が微かな戸惑いを見せながら 話された手を持て余していると
直人はカバンから封筒をとりだした。
『これ 毎週ありがとう。食費として受け取って。』
驚いた。
お金に細かい性格でもないが かといって余っている生活ではない。けれど・・・7
母子家庭になってからお金の話をすることを 無意識に避けているのは確かだった。
母子家庭だから。行政から援助があるから。慰謝料はもらってるのか。養育費は。
そんな話題を耳にするたび 紗江子は苦笑いしながら逃げ回ってきた。
『抱きたいのはやまやまだけど ごめん、色っぽいな話より先に現実的なことからで。』
紗江子は封筒を握りながら どうしたものかと迷っていた。
同情でないのは 直人の目を見ればわかるし 援助しているという優越感も感じられない。
『でも・・・・』
『あのね。そうそう この中に10万入れてあるから 今月は金曜だけでなく週末も食べさせて。
あとね 聞いておきたいんだけど差し支えなかったら教えて。養育費もらってる?
もし籍を入れるとなると その金額もらえなくなるんだけど。』
紗江子は笑いながら 封筒にお礼を言った。
『養育費払えるような しっかりした男だったら 結婚生活続いてたわ。
うちは 慰謝料もないし養育費もない とっても貧乏な離婚だったの。
今 なんとか食べてるのは私の保険外交員の給料と
実家の両親が入っててくれる学資保険。
家賃と生活費で なんとかギリギリって感じだから。
このお金 ありがたくいただきます。』
『そうか。それならさ 色々考えよう。これからのこと。せっかちでごめんね。
うちはとっても変わった離婚でね。みっともなくて言いたくないんだが 聞いてください。
優の母親はいわゆるキャリア志向で、今はシンガポールで会社を興してがんばってる。
育児より家庭より僕より どうしても仕事をしたかったし 僕が協力しなかったから
離婚したんだ。ただ 母親って言うポジションを投げたことに後悔があるらしく
毎年100万の小切手を息子に送ってくる。 養育費だね。 僕は父子家庭になってから
仕事を変えたし、時間を優先するから給料も減った。だからありがたくもらってるんだ。
ただ これから優と慎吾君が兄弟関係になって 学費を気にしたりするようなのは
一番嫌だから そこをはっきり同額にしていきたいんだ。』
紗江子はまじまじと直人の顔を見た。
再婚しないつもりはなかったから 色んな想像をしてきた。
優しい男の定義だって立てては打ち消し また考えしてきた。
その中で 肉体的な相性や仕事への理解などという 簡単なテーマだったら
意識をしたことがあったけれど 息子の将来に必要な資金とか権利というものについては
まるで光を当てたことがなかったんだ とちょっとばかり苦しくなった。
目標を立てたり 夢を描くのは簡単だ。
そこに向かって具体的に戦略を練り じっと行動をし続け すぐに出ない結果に
じれることなく見つめ続ける能力が 一番必要だし 難しい。
ロックオンしたはずの目標が霞んでしまったり 夢が蜃気楼のようによろめくからだ。
『ありがとう。抱かれるよりずっと 私たちの人生に深く突き刺さる内容だった。
誰とも相談したことがないことだから どこまで頼ったり踏ん張ったりしたらいいのか
まるで解らないんだけど・・・』
『うん、そうだよね。紗江子さんの人生を丸ごとってことは 慎吾君の人生もだし
僕と優の過去も未来もだ。色んなテーマがあるだろうけど その中で僕は
お金の話が大事かなって思ってたりする。
よかったら 来週にでも僕の貯金通帳を全部持ってくるから 見て解ってて欲しい。
それで これじゃ生活するにはって思ったら そう言って欲しいし それから考えたい。』
紗江子は もう一度手を繋いで直人に呟いた。
『大人として結婚を見つめてるって実感が沸いてきた。』
会話だらけでした・。・
この物語は こちらの続きとなっております
興味がある方 どうぞ