
担当の医師は 過去会った医師の中で もっとも毒舌な 女医だった。
『ご家族 じゃないのね?』
敦は 『家族と一緒です』 と話したが 女医は 唸った。
『大事な話をする相手として 私は ご家族を選びたいんです。わかります?』
『先生にとって 家族ってどういう扱いってことですか。
患者の俺が いいっていってんのに。』
『自称 だの 気持ちってだけの関係なら 犬やウサギでも 同じでしょ。
私が言ってる家族って言うのは 保険証が一緒で 生命保険の権利も責任もある存在。
怪我っていうのは 一瞬のことではないわ。 一生付き合うことだってあります。
それを 同じ温度で聞ける人はいないのか ってことですけど。 なにか?』
愛について夢見がちな少年は なんて反論するんだろう と思いながら
麻美はじっと敦を見た。
半年間 くすぶり続けた自分の気持ちも きっちりけりをつけよう。
愛があるか ないか なら あるのだ。 ただ 理解ができないだけなのだ。
愛情表現と 責任と言う意思表明に 頷けないということは 続けられないと
はっきりして 終わりにしよう。 そう 麻美は心に決着をつける 決意をしていた。
『それなら 今すぐにでも 婚姻届を出しますよ。 先生 保証人みたいなとこ
サインしてくれる? 確か 誰でもいいんだよね、 今すぐ 麻美と結婚するよ。』
はああああ?? 麻美は 自分の声だと気づくまで 数秒かかった。
『どこまで 勝手な男なの? 敦。 』
女医は 笑いながら とにかく ここに本人がサインするように と言って 部屋を出た。
『勝手すぎない? 相手がいる話だって わかってるの?
勝手に破り 今度は勝手に出すっていうわけ? バカすぎて 言葉が出ない。』
『俺だって この半年 ずっと考えてた。 俺は 麻美に何を誓いたいんだろう。
何を 証明したいんだろう。 何を与えたいんだろうって。
たださ 安心させたい。 それだけなんだよ。 それしか 浮かばないんだ。
麻美の安心は あの紙を出した後に 俺が変わらぬ愛を誓ったら もっとよかったんだろうな
って 最近 ちょっとわかってきたんだけど 違う?』
麻美は ベッドに横たわる敦を じっと眺めるように見つめた。
見飽きるほど見てきた 敦の輪郭。 どこにでもありそうなパーツだけど
馴染みのせいなのか 整って見えることもある。
この瞳は 誰を見るときより 麻美を見つめるときに 一番輝くと 自信を持てる。
付き合い始めて すぐに 不安が襲ってきた。
連絡をしても なかなか返ってこない敦。 約束しても 仕事をしてると 忘れてしまう敦。
いったん 出かけると 予定があっても すぐに変更してしまう敦。
付き合いきれるのだろうか と苛ついたり 不安になったりした。
そのたび 麻美は敦に直接 なんでも聞いてみた。 この恋愛の相談役は 敦だった。
そして 敦を理解し だんだん 大事に思い始め 尊重できるようになったのだった。
この数年 何が起きても 敦に話をし 敦に相談し 敦ときめ 敦と分かち合ってきたからこそ
麻美は 年を重ねることに 不安を抱かないで これたのだと思う。
『身体も 心も 何もかも いつか老いるのよ。 知ってる?』
『知ってる。 分ってるかどうかって言われると わかんないけど。』
『それでも 気持ちは変わらないって 変えないようにするって 言えるの?』
『いえるさ。 俺は 言葉なんて信じてない。 時間で それを 証明する。』
『言葉は大事よ? 思ってること 言葉にしなかったら 伝わらないわ。』
『それなら ちゃんと言うよ。 俺は 俺の大事な人生を 麻美にあげるから
だから 俺にも 麻美にとって 一番大事な 麻美の人生 ちょうだい。』
『ドラマの台詞みたいな言葉 よく 照れもなく すぐ言うわね。』
『半年 ずっと 考えてたって 言っただろ。 俺は 結婚するなら 結婚ってのを
ものすごく 大真面目に取り組みたいんだ。 ほんとは まだ 結婚ってなんだって
思ってんだ。 だけどさ そんな 世間の結婚がどうかなんて どうでもよくなってきた。
俺は 麻美といたい。 麻美が俺に 頭おかしくないっていうくらい
麻美といたいんだ。 それには 結婚って言うのが 一番 簡単だろ? それでもいい?』
麻美は 『ホントは 今日 二度と会わないって 言おうって 決めてたんだけど
人生って 不思議よね。 結婚して 一生いるかって 話がまとまるんだわ。』
と 敦の痛めた足を 摩りながら言った。
『いんだよ。 人生は小説より奇なりって いうだろ。
愛し合ってるのに 別れる奴らもいる。 俺たちみたいに 別れるはずが 結婚するのもいる。
意外と 底辺からの結婚だから 上手くいくかもよ。 だいたい 入院生活からだしね。』
そういって 2人は 足をかばいながら 抱き合って 口付けた。
おしまい
ハッピーエンドにするの 躊躇ったんだけど やっぱり ハッピーエンドが好きです 笑