ここまでの分析から、「日本には“家父長・家制度的思想”や“性別役割分業意識”の影響を受けた、日本特有の「家族」のイメージが浸透しており、またそれは多様化する現代社会の実情と大きくかけ離れてしまっている」という日本の現状を捉えることができました。こうした理想と現実との乖離は、日本の「家族」に関する多くの問題を複雑化させており、国民一人一人が生活していくうえでも、非常に生きづらさを感じさせる結果を招いているものと考えます。では、一体、どうすればよいのでしょうか。ここからは、婚外子相続分規定を違憲とした本最高裁判例の「家族」の在り方についての判断を考察し、その答えを探ることにします。
~1、法律婚尊重意識について~
まず、本判例は「嫡出でない子の出生数は増加傾向が続いている」ものの、その割合は「全出生数の約2.2%にすぎない」ことから、国民に法律婚を尊重する意識が幅広く浸透しているとの判断をしています。
しかし、婚外子の割合の少なさは、むしろ、日本が法律婚のみを採用し、婚外子を育てていくための法や制度を整備していないことからの結論という側面が強いものと思われます。現在の日本の状況下で婚外子を育てていくことは非常に困難であり、もし婚姻関係にないカップルが妊娠した場合は、(余程の不都合がない限り)「婚姻」するか「生むのをあきらめる(堕胎する)」かを半強制的に選択することになります。よって、国民に法律婚を尊重する意識が幅広く浸透していることへの理由として、婚外子の割合の少なさを挙げることには、大きな疑問を感じます。
国民に法律婚を尊重する意識があるか否かを正しく判断するためには、まずは法律婚以外の形を選択して生活する人々が国内にどの程度存在しているのかを把握する必要があるでしょう。内閣府の少子化に関する意識調査(2010年10月~12月実施の個別面接調査(調査対象:20代~40代))によると、日本における既婚者・同棲者・未婚未同棲者の割合はそれぞれ63.9%、1.3%、29.7%となっており、このデータ上においては、日本で同棲(事実婚)を選択する人の割合はかなりの少数であることが読み取れます。
しかし、上記の結果とは違う側面を捉えた調査も存在します。リクルートブライダル総研の夫婦関係調査(2012)によると、1960年代~2012年代に結婚した人のうち、結婚を決めた当時に同棲していた人(婚約中や結婚を決めた上での同居を除く)の割合は17.5%となっています。また、この割合は年々急増しており、2010年以降に結婚した夫婦においては34.5%、つまり3分の1以上が、結婚を決める前から同棲・事実婚の形態で共同生活を営んでいたという結果が出ています。
この二つの調査には大きな違いが二つあります。一つは国の調査であるか民間の調査であるかという点、もう一つは現在の状態を聞く形式か過去の状態を聞く形式かという点です。これらから推測できることは、日本において同棲・事実婚のカップルは、想定以上に多く存在しているものの、それを公にしづらい状態にあるため、国の数値や現在の状態を聞く数値には反映されにくいということです。日本では、同棲や事実婚に対して、「けじめがない」「責任逃れだ」「両親や家族に許さないことだ」等々、反道徳的なことという意識を持つ人が少なくありません。「本来の婚姻」という形を経ずに、または「本来の婚姻」を意識せずに、男女が共同生活を営むことに対する差別意識が存在するのです。結婚しないカップルが共同生活を営むことは「本来はいけないこと」であるため、人目を気にして行わなければならず、肩身の狭い思いをしながら生活することになります。また、妊娠をしてから結婚を決めることは、「できちゃった結婚」と言われ、そこには本来の順番通りでないことに対する皮肉が込められています。
ここに、現代日本のカップル達の悩ましい現実が垣間見えます。結婚をしていないカップルたちは、真剣に相手を思いやりながら共同生活をしていたとしても、社会からは「家族を作ること」とは全く別の、「単なるお付き合い・お遊び」という軽い捉え方しかされません。そして、結婚を決めた後になって初めて社会的な地位や権利を手にすることができるのです。同棲・事実婚の状態であったという事実は、結婚(婚約)により社会的な地位や権利を手にした後にならなければ、公言することが難しいのだと思われます。
以上から、日本国民の中には、「法律婚をせざるを得ないから結婚した」、あるいは、「現在法律婚以外の方法を採っているが公言できない」、という人々も数多く存在しており、必ずしも日本国民が法律婚のみを尊重しているとはいえないのではないかと考えます。そしてまた同時に、法律婚主義に縛られているがゆえの弊害も日本では多く生じているのではないかと考えます。
→次回:法改正をする上で捉えるべき「国民の意識」を考察します。