ドメスティックバイオレンスから脱出する際に
必ず戦わなくてはいけない問題があります。
それは「迷い」です。
人間とは不思議なもので
どんなにひどい扱いを受けていたとしても
長い間付き合って一緒に暮らしてきた人、
一度は愛した人と
もう2度と会えないとなると、
楽しかった日々の出来事などが脳裏をめぐり、
本当に自分に非がなかったのかどうか
本当にやり直すもう余地はないのか
自問自答し始め、離れて一人になることに不安を覚えるのです。
ハタから見たらなんとも滑稽にうつることでしょう。
「どうして、そんなひどい目にあっているのに
はやく抜け出さないんだ?」
周囲は理解に苦しむ事でしょう。
しかし人間には頭と心の生き物です。
頭では分かっていても、心が受け入れられない。
そういう時もあります。
一番困難なのはこの「迷い」をどう断ち切るかなのです。
身の上を危険にさらされたとか、
警察が介入した等、
事件性のある出来事が決定打となり、
別れる決心がついたというようなケースは
ある意味ラッキーかもしれません。
多くのDV被害者は
コレという決定的事件が起こらない為に、
迷いを断ち切ることができず
悶々と悩み苦しむ日々を送っているからです。
妻を刑務所に入れたがっているようなちょっと尋常ではない夫でしたが、
私にももちろん迷いはありました。
辛く悲しい時や、
暴力が起こった際には
そのつど近くの食料品店にある公衆電話まで行き、
そこから隣町の日本人カウンセラーの女性の所へ電話をしました。
その時の自分には、もう頼れる人は彼女以外にはいませんでした。
真理子さんというその女性は
自分自身も以前、同居していた男性からDV行為をされて
心を病んでいた時期があり、その経験からこうしてカウンセリングの仕事に
携わるようになったと話しておられました。
彼女はもちろんこの「迷い」についても
十分理解して下さり、根気よく私を励まして下さいました。
半年間の間、
私は何度も何度も、公衆電話に通っては彼女に電話をしました。
「蜘蛛の糸」という芥川龍之介が書いた短編小説がありますが、
真理子さんからの電話での励ましは
この時の私にとってはまさに天から降りてきた「蜘蛛の糸」のようでした。
このまま登っていって
もしこの糸が途中で切れてしまって
途中で落ちてしまったらどうしよう、
そしたらもっとひどい目に合うかもしれない。
でもこの糸は
確実に天へつながっている・・・。
彼女はこう言いました。
「今はなかなか決心がつかない気持ちは分かります。
でもいずれ、その時は必ずやって来ます。
その時の為に今からいろいろと準備をしなければいけません。
準備が出来ていない為にその時を逃してしまうようなことを防ぐ為です。」
私は何度か、直接カウンセリングを受ける為に、真理子さんに会いにも行きました。
真理子さんは私に準備リストと緊急携帯を下さいました。
準備リストには、
パスポートやGCの原本やコピー、家の鍵、車の鍵、
マリッジサティフィケート、夫のバースサティフィケートのコピー、
日記(虐待の詳細な記録)、などがあげられており、
こういった物をひとつのカバンに入れ、いつでもすぐに取り出せるように、
夫の分からない所に隠しておきなさいとのことでした。
それから緊急用の携帯とは
電源を入れて受話をONにすると
その時に一番自分の居る場所の一番近くを巡回している
ハイウェイパトロールに自動的につながるというものでした。
真理子さんは言いました。
「殺されるなぁ~と分かっていながら殺される人はいないのです。
分かっていれば逃げます。
まさか自分が殺されるなんてって思っているからこそ、人は殺されてしまうものです。
何かあったらすぐ、この携帯を使って助けを求めなさい。」
真理子さんは
私の状況を楽観視してはいませんでした。
彼女はなるべく早く家を出て、シェルターに来た方が安全だ、と言いました。
そんな時です、夫がふいに
ヨセミテへ泊りがけでキャンプに行こうと言い出したのです・・・・・。
結婚してから1年の間
旅行など行ったことはありませんでした。
もちろんハネムーンも無しです。
どこか旅行に行きたい、と言っても
「お金がもったいない、旅行したいならもっと頑張って収入を上げろ!」と言われて却下でした。
なんだか不可解な感じがしながらも、
彼もきっと私と楽しい思い出を作りたいと努力を始めてくれたのかも?
という無邪気な期待もありました。
しかし・・・・・
彼がキャンプにどうしても持って行きたいと言って譲らなかった物が
私を強烈な不安に陥れたのです。

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