純子はケーキ屋で店長をしている。この店は夫の吾郎と十三年前にオープンさせた。吾郎はパティシエで純子はもともと何かお店をやりたいと思っていた。結婚して二人の将来の夢がケーキ屋をオープンさせる事だったので、オープンできて純子はとても毎日を充実させていた。しかし、一つだけ叶わなかった夢がある。それは、子供に恵まれなかったことだ。子供がほしくないわけではなかった。授からなかったのだ。けれど、純子は今年で四十三歳になるので、もう子供の事は吾郎と話し合ってあきらめることにした。

 最近この店で働き始めたゆなちゃんは、一生懸命に笑顔でお客さんと接してくれている。それも、純子にとっては、ありがたい事だった。

「いらっしゃいませ。」

ゆなちゃんが挨拶すると、

「ゆなお姉ちゃん。」

と以前この店で働いていたかえでさんが、三歳になる一人娘桃子ちゃんとやって来た。いつもこうして、お客様と会話をすることを純子はうれしく思っていた。

その日、店の営業が終わると純子はゆなちゃんに言った。

「来週の日曜日なんだけど、ちょっと用事があるから臨時休業するね。たまには、日曜日をゆっくり過ごしてね。」

ゆなちゃんは、了解して帰って行った。

「それから間もなくその臨時休業の日が来た。純子は朝早く起きた。今日は吾郎の実家に行かなければいけない。親類があつまって、義父の誕生日会をするのだ。吾郎の実家は本家で古くからあるいわゆるしきたりを今でも大事にしている家だ。義父の誕生日には親類全員が集まり、祝う。吾郎には弟がいて、弟夫婦には四歳になる男の子と二歳の女の子がいた。純子はこの弟夫婦が嫌いだった。純子はいつも親類の集まる時には早く生き、義母の手伝いをする。しかし、弟の嫁はいっさい手伝わない。子供がいて色々大変化もしれないけれど、何も手伝わない。それどころか、わかりやすく義父や義母のきげんをとり、調子がいい。そういうのが、純子は嫌いだった。

早めに吾郎の実家に行き、台所で何か手伝おうとした。いつもオードブルやお寿司を注文してあるけれど、何かの集まりがあるたびに、吾郎の実家では煮物を作る。今日も義母が煮物を大きななべで作り始めていた。純子は、義母に言った。

「何かお手伝いします。」

しかし、義母はいそがしそうに言った。

「私がやるから、いいわ。ああ、忙しい、忙しい。」

「なんでも言ってください。私、お手伝いします。」

「ああ、邪魔よ。私が一人でするから、いいって言ってるでしょ。ああ、いそがしいわ。」

これはいつものことだ。義母は純子が手伝おうとしても、いつも「私が一人でするから、手伝わなくていい。」と言う。けれど、そんなわけにはいかない。純子は何か見つけて、とりあえず、義母の邪魔にならないように親類が集まる準備をした。

やがて、お昼になり親類が茶の間に集まって来た。弟夫婦もいる。みんなでお昼を食べ始めた。

「これ、お母さんがいつも作ってくれる煮物、本当においしいです。」

弟の嫁がさっそく義母のきげんを取り始めた。

「あら、そう。もっとあるから、たくさん食べて。私が全部一人で準備したのよ。」

「あら、いつもお母さん大変ですね。準備を、全部一人でするなんて、すごいです。」

「そうなのよ、吾郎の嫁がなんにもしないから、店長をやってるって言うけど、嫁としてはねぇ。子供の一人も産まないし。」

義母はいつもこうだ。純子が何もしないと親類の前で言う。準備は全部自分が一人でしたと言う。純子は手伝おうとしても義母に邪魔者あつかいされて、手伝わせてもらえない。

お昼を食べ終わって親類が少しづつ帰り始めた。純子は使った皿やコップを台所に運び、流し台で洗い始めた。あとかたづけは、いつも純子が一人でする。義母は親類の人と無駄話をしているし、弟の嫁は何も手伝う気がない。これもいつものことだった。

洗い物を全部すませた純子は茶の間に戻った。そこにはもう義父と義母、弟夫婦とその子供、吾郎しかいなかった。義母は言う。

「本当に吾郎の嫁にも子供がいたらよかったのにねぇ。一人くらいは。いつもいつも私一人が忙しくしていて、なんにも手伝ってくれないし。本当本家の嫁、しかも長男の嫁としてはたりないわよね。」

その言葉に純子の中の何かがプツンと切れた。

「そうです。私は何もしない嫁です!だから、今後いっさい、お母さんたちの老後の世話はしませんから!」

「ちょっと、あなた何を言ってるのよ。」

義母はヒステリックに言った。

「私は何もしないだめな嫁なので、老後の世話は一切しません。それでは失礼します。」

純子がそう言って立ち上がると、義母は吾郎に言った。

「ちょっと、吾郎あなたはちゃんと老後の世話をしてくれるわよね?」

「するわけないだろ。そんな態度じゃ、純子が怒るのもあたりまえだ。俺達は老後の世話はしない。」

吾郎はそう言い捨てると純子と一緒に玄関に行った。茶の間からはこんな会話が聞こえてきた。

「あなた達は老後の世話をしてくれるわよね?」

「えー、私は次男の嫁だから。」

「ちょっと、いつもあなたには優しくしてるでしょ。老後の世話くらいしなさいよね。」

「えー、でも子供の世話もあるし。」

「そんなバカなこと言って。あなた達は私達の世話をしなさい。」

そんなやりとりを聞きながら純子と吾郎は家を出た。

帰り道をだまって歩いていると、吾郎が純子に言った。

「ちょっと、言い過ぎたとか思ってる?」

「うん、ちょっと。」

「だと思った。」

吾郎は優しく微笑んで言った。

「しかたねぇから、あの二人がしっかり反省して謝ってきたら、俺らが老後の世話してやるか?」

「うん、そうだね。」

「そういう所、俺は好きだ。」

吾郎はそっと純子の手をにぎった。

「優しいよな、本当。」

吾郎はてれながら純子に言った。純子は思った。この人の両親だから、いつかちゃんと謝ってきたら、老後の世話は私達でしよう。

「明日から、また仕事頑張ろうね。」

「そうだな。」

二人はおだやかな気持ちで帰り道をたどった。