MHプランニングのブログ

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薬剤師ですが、一方で闘病中の患者でもあります。医療関係者&患者の立場から、私なりに様々な角度から書いてみたいと思います。

タイトル写真は、師匠日向さんの元で共に学ぶ仲間たちとの1ショット。2026年3月のカラオケ浄化教室での1コマ。
ちなみに、共に学ぶメンバーはこの倍の人数ですハート



『過去世からずっと苦労ばっかりで…』て、我が師匠日向さんは教えてくれた。
今世の親父にも『お前は苦労ばっかで、早く報われたらええんやけど…』て言われたこともある。

今世の記憶しか私にはないけど、私の環境は反面教師的な学びばっかで…素直な学びてないんかいなガーンてある意味笑えるんやけど、きっと今世生まれる前に決めた神さんとの人生設計の時に、私の向上欲が強いから、たくさんの苦労の経験がある人生を選択して、『魂の学びをガッツリする』方を選んだんやろな〜て思う。その方が学びの経験として、魂にガッツリ刻まれるからと。
(ある意味、私らしいな〜照れ

そんな反面教師的な経験からの学び、師匠日向さんからの教えを合わせて、ここ最近私の想いや考えを整理しがてら、ブログに残しておこうと思います。


🟣怒りなどの負の感情は、自分自身の體も、心をも、守るために発するもの➡︎負の感情自体を否定したり、蓋をして無かったことにするのではなく、まずは『守ってくれてありがとう』と、自分自身に感謝する。
これが、自分自身を愛することに繋がっていく、その手段の1つなんやろな〜

🟣当事者だからこそ感情が動くんだから、見る立ち位置を当事者ではなく、例えば神さんの視点のように、上に持っていく➡︎第三者的に達観できるようになる。
同じように、会社関係なら、従業員の目線とか、いろんな視点で物事を見れるようになる。

この時点で、私がよくやってしまうのは、当事者目線から外せずに、そのまま専門分野で理論武装してしまうこと。
これ、私のズレてるポイント💦
だから、怒りの感情から脱却できなくなって、相手を責めてしまう。
そうなると、自分自身から新たな邪気がどんどん発生して、それを相手に送りつけてしまい(意図せずに自動的に)、結果的に新たな負のカルマを積むことになる。
このカルマは、懺悔という形で解消するしかないんだけど、どこかで自分自身を正当化してしまったままだから、『自分は悪くない』て想いが残ったままだと、懺悔はできない。

懺悔をやるなら相手の想いや行動よりも、まずは主体は自分自身。だからこそ、正念入れてしっかりやらないと、伝わらない。

🟣他人のせいにすることほど、楽な手段はない。だけど、そんな好き勝手な生き方をしてたら、今世も来世も、はたまたその先ででも、同じ人生の課題はやってくる。解決から逃げるほど、その課題は人を替え、出来事を替え、どんどん酷くなって自ら負のループを作り出し、さらにそこから抜け出せなくなる。
だからこそ、何かのキッカケから、早く氣づいて行動することが大事。
負のループを繰り返してたら、自分で自分の首を絞めて、どんどんしんどくなるだけ。

🟣神さんの視点で達観したら…『所詮は人間なんだな〜ちっさいことで感情振れとるな〜その私も、人間の1人なんだよな〜』て、自分自身に戻ってくる。そしたら、次に同じような出来事に遭遇した場合には、同じことを繰り返さないように、如何に自分の感情を振れないように解決できるか…のトレーニング。
最初は応用て効かんねんな〜でも、感情が振れるたびに、『また同じことを繰り返しとるわ〜私』て氣づく。
それに、人間である以上、いろんな感情は出てくる。だからこそ、先ずは自分自身を認めてあげることが大事。

體にも、魂にも、自分自身を守る防御機能はある。ただ、いくら防御機能があったとしても、それを使ったら、ある程度は回復できたとしても、大抵は使ったという経験が負担という形で両方に残る。
だからこそ、蔑ろにしがちやけど、自分の魂にも、體にも、氣づいた時に『懺悔』という形でのリカバリーが必要となる。
『懺悔』は、対象となる相手にもそのエネルギーは伝わる。だからこそ、邪な氣持ちを全て自己浄化し、自分の心を整えて行うべし。

🟣一方で、相手に目線を移した時にはもちろん、『喧嘩両成敗』て言葉もあるくらいだから、神さん目線で見たら自分も相手も、両方に悪かったところがあるのは当たり前。だからこそ、『自分だけは悪くない』て考えるのは間違ってると思うねんな。

🟣そういえば、MBA大学院時代に、交渉学の先生から『時には、鳥の目線で…』なんて教えてもらった時、私は『夜は見えなくなりますよね〜』なんてツッコミ入れて…先生は苦笑やったことを思い出しました。
時には、見えないこともあるとも思うんやけど、それは私自身に経験が足りないから。
経験が伴えば、応用が効いて、視野も広くなって、また見えるようになる。

🟣そこで、『経験がない』ことに焦る私もいる。だけどその経験は、私に必要な時に、必要なタイミングでやってくるもの。どんだけ焦っても来てくれへんねんな〜

もっと言えば、『今世は何を使命として達成させるのか』を、生まれる前に神さんと人生設計をするらしい。その上で必要な時に、必要な経験をさせてもらい、そこから何を学ぶのか…全て神さんとの約束。必要ならば、乗り越えるための術を、与えてもらって生まれてくる。
(ある意味、自分の人生を達観したら、次は何がやってくるかな〜て、楽しみな自分もいる。こうやって、人生を楽しむんやろな〜口笛

持って生まれた術だけでは乗り越えられない時には、知識という形で後天的に与えられる。ただ、神さんと決めた人生設計の記憶は、生まれる時に消してしまうのがルール。

そうであるなら、経験をひたすら待つのではなく、負の感情をそのままにせずに、やることをきちんとやって、私の魂の器からどんどん手放していくことが大事なんやな〜

そしたら、また新たな経験が来てくれる。無論、この経験は神さんと約束した人生設計からくるもの。
そうなれば、また新たなことを学ばせてもらえるねんな〜ラブ

昭和時代の価値観なんて、もはや化石と同じ。
今や平成を通り越して令和の時代。後生大事に魂の器の中にキープする必要はないわな。
不必要な執着も、要らん❗️むしろ、執着自体も化石と変わらん。

必要なものは、宇宙の道理や摂理だけ。
例えば、刑法で決められてる罪がある。だけど、これはあくまでも目に見える形の罪。
宇宙の道理や摂理に反した場合は、目に見えない罪もある。例えば『人の心を傷つけてはいけない』『負のカルマを積んではならない』などなど。
だからこそ、いろんな視点から物事を見ること…師匠日向さんの言葉だと『360度の視点で見れるようになりなさい』が大事やねんな〜

360度の視点とは、目に見えるものだけじゃなく目に見えないものも含めて360度。
つまり、五感を全てフル稼働して、物事を見るてこと(目で見える範囲なんて数%で、たかが知れてる。大多数は目に見えない範囲だからこそ、五感を磨くことが必要)。
そうなれば、體の感覚を研ぎ澄ませるために、體を整えることも大事になる。

🟣人間が決めたことには、例えば法律もそうだと思うけど、万人にとって正解ではないんやと。
だって、360度の視点で見れてないから。
その結果、傷つかない誰かがいる反面、傷つく誰かもいるてこと、なんだと。
こんな風に、所詮人間が見える範囲て、たかが知れてるわな。

🟣旧約聖書の外典の1つエノク書には、『神は自分の分身として人を作った』て書かれてる。だから、人に自由意志を与えた、んだと。
例えば、天使には、自分の意思で行動するのは1度しか許可しなかったらしい。

この分野は掘り下げたらいろんな方向に議論が進んでいくから、敢えて掘り下げはしないけど、それだけ人間は高次元からも期待されてたんやろな〜


て考えたら、もっともっと、宇宙の道理や摂理を、はたまた事実を学びたいと思ったさ〜
やぱ、向上欲ハンパないな〜私アセアセ

そのためには、もっともっと経験の整理も必要やし、ネガティブな想いや執着などの負のエネルギーはどんどん手放していくべし!!やし〜
幼い頃に培った、昭和時代の古い価値観なんて、もはや化石だから、どんどん手放すべし!!やし〜
あ〜魂の器に隙間をどんどん開けて、新しい知識や経験からの学びをどんどん取り入れていきたいな〜て思っとります照れ照れ照れ照れ照れ
そうやって、『魂レベルの進化』をどんどんやっていきたいな〜ラブラブラブラブラブ

私なりに、残りの人生を全て楽しみながら…
いったりますキラキラキラキラキラキラキラキラ{emoji:088_char3.png.キラキラ}