
こんな私は、ダメなひと…
自分責めをしてしまう
出来ない私
やりたくない私
私も以前
みんなができて
【私は出来 ない】
って思っていました。
出来ないことがあって当たり前…
頭のどこかには別物としてこんな感覚はあったのに、頭の中の大半は出来ない私、ダメな私を探していました。
それを見付けてはどうしよう…って悩んで自分責めをしていました。
でもそれは…
母の呪いの中に生きていた
だけだったなと思います。
「これができないと愛されない」
恐怖
それを手放してみる。
【今でも出来ないものは、変わらず沢山ある】
でも、あるとき
思ったんです…
出来ないハズなのに、
そんなに苦しまなくても、
なんだかんだ困らず過ごせているのは
【私が助けてもらえる人】
だからなんだな~
って
だから出来なくてもうまいかないときもあっていいよね。
そんな風に自分自身に許可していく。
誰でもそんな風に感じるのは自由。
そんな風に勝手に
思ってみる。
すると今度はそんな(助けられる)理由を探し始めるわけです。
思い込みや過去の恐怖ってなかなか抜けないかも知れませんが。
その安全だと思うところにい続けるから
出来ない私を責めなければいけない。
誰かに言いたかったイライラを
言えない代わりに自分を責めていませんか?
できないから
ダメなんじゃないよ
出来ない私のままで
愛されていいんだよ
だからあなたは責めるものは
何もないんだよってこと…
できない私でも愛されていることを認めてあげても、もういいよね
私は、それを手放したから
それでも愛されていることに気付いたんだ。