昨年12月28日付で東京高等裁判所へ控訴理由書を提出しましたのでご報告致します。


以下全文公開です。

手打ちで書き起こしたものの後に書類の写真を掲載しています。


書き起こしている時に(4)が(3)になってるなどの間違いを発見した所は修正して書き起こしてありますので、写真と番号が違っている部分があります。


文章の誤字は1箇所のみ修正。

他は同文のものとなります。




控訴理由書


  第1  事案の概要


本件は、控訴人が、慢性疲労症候群により障害の状態にあるとして、初診日を平成24年9月25日とした上で、平成28年12月7日、厚生労働大臣に対し、障害基礎年金及び障害厚生年金(以下「障害給付」という。)の裁定を請求したが、平成29年3月21日、初診日は平成28年4月26日であるとして、障害給付を支給しない旨の処分がなされたと言うものである。

慢性疲労症候群(CFS)は、わが国では、未だ明確な定義付けがなされていないが、アメリカ国立衛生研究所では慢性疲労症候群を「いかなる種類の労作でも激しい症状の再発につながる全身性の労作不全を特徴とする、後天的な多系統にわたる慢性疾患であり、免疫障害・神経機能障害・認知機能障害、睡眠障害、自律神経系の機能障害を含み、激しい疲労を伴う著しい機能障害が引き起こされる。また、広範囲の筋肉痛・関節痛・咽頭痛・リンパ節圧痛や頭痛などがみられ、ある罹患時期に4分の1の患者は寝たきりか家から出られず、多くの患者では発症前のレベルに身体機能を取り戻すことはない。」と説明している(甲1の1/アメリカ国際衛生研究所のウェブページプリントアウト書面「About ME/CFS」と題する書面、甲1の2/筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の日常診療)。

日本での患者数は約30万人で重傷者はその3割とされ、疾患の認知度の低さから、多くの患者達は「怠けているだけじゃないのか」といった差別的な言葉を浴びてきた(甲2/慢性疲労症候群CFS診断基準(平成25年3月改定)、甲3/Yahoo!ニュースのウェブページプリントアウト書面「社会から理解されず、見過ごされ―「慢性疲労症候群」患者の切実な声」と題する書面)。

日本やアメリカでは慢性疲労症候群CFSという名称が用いられているが、実際には疾患より重度の身体障害を引き起こす患者が多く、慢性疲労症候群という名称によって、この疾患の深刻さが矮小化され、「怠け病」や精神疾患などと誤解され、現在も多くの患者達が無理解な偏見に苦しんでいる。そこで、日本においても、イギリスやカナダで用いられている筋痛性脳脊髄炎MEという名称を用いるべきとの声も大きい(甲4/NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会のウェブページプリントアウト書面「MEとは」と題する書面)。

慢性疲労症候群の原因については、国内外とも、生理学・疫学的な研究を含む多くの研究がされており、ウイルス感染後に発症するケースが多いというのが欧米諸国における共通認識であり、世界保健機関の国際疾病分類においては神経系疾患(ICD-10G93.3)と分類され、我が国の慢性疲労症候群の診断基準においては感染症後の発病が明らかな場合は「感染後CFS」という用語が用いられている(甲2/慢性疲労症候群CFS診断基準(平成25年3月改定))。

新型コロナウイルス蔓延後においては、新型コロナウイルス感染後の後遺障害として慢性疲労症候群が発生するケースが多く報告されており、ニュース等でも広く取り上げられるようになった(甲71/東洋経済ONLINEのウェブサイトプリントアウト書面「【コロナ後遺症】軽視は禁物「慢性疲労」を招く事も」と題する書面」、甲72/NHKのウェブサイトプリントアウト書面「【続報】“後遺症外来”新型コロナ後遺症治療 現場の医師が向き合う認知機能障害」と題する書面)。


  第2  第一審判決の認定判断の概要


第一審判決は、控訴人の慢性疲労症候群の初診日について、本件処分において認定された平成28年4月26日(まだらめクリニックの受診日)より以前であった可能性は否定できないものの、控訴人の平成24年9月23日からの感冒様症状はマイコプラズマ感染症の薬の服用によって平成24年11月28日時点では治まっていたと窺われ、その後平成25年3月5日に感冒様の症状で医療機関を受診するまでの約3ヶ月間、倦怠感や感冒様の症状についての客観的な資料がないことから、本件受診時の感冒様の症状はマイコプラズマ感染症等によるものであった可能性は否定できず、本件診断基準の前提Ⅰの「6か月以上持続ないし再発を繰り返す疲労」があったと認めることはできない。



  第3  第一審判決の誤りの概要


第一審判決は、感染後CFSの発症経過、本件診断基準及び本件事務連絡の内容を正確に理解していない。

第一審判決が正確に理解していない内容の概要は以下のとおりである。


1 感染後CFSの典型的な発症原因はマイコプラズマ感染症であること

2 感染後CFSは、感染症の感染性が消失し主な症状が回復した後の後遺障害として発症すること

3 本件事務連絡によれば、病院に通院していない「未継続期間」が6ヶ月未満の場合、その期間の症状については客観的な資料が不要とされていること

4 本件の診断基準によれば、診断において要求される疲労の程度としては、「疲労感のため、月に数日は社会生活や仕事ができずに休んでいる」程度で足り、立位や座位を保てないほどの疲労感・倦怠感は不要であること


  第4  第一審判決の事実認定の誤り


1  感染後CFSの発症経過


前提として、慢性疲労症候群については、感染症がきっかけで発症することが多く、そのような症例を本件診断基準は「感染後CFS」として区別して記載している(甲66/厚生労働省「慢性疲労症候群の実態調査と客観的診断法の検証と普及」研究班「慢性疲労症候群に陥るメカニズム」と題する書面)。

そして、感染後CFSの原因となる典型的な感染症としては、厚生労働省の研究班のホームページにおいて、マイコプラズマ感染症が挙げられている(甲66/厚生労働省「慢性疲労症候群の実態調査と客観的診断法の検証と普及」研究班「慢性疲労症候群に陥るメカニズム」と題する書面)。

例えば、欧州の慢性疲労症候群患者におけるマイコプラズマ感染症の有病率について研究では、慢性疲労症候群の患者の68.6%において少なくとも1種類のマイコプラズマ抗体が検出されたのに対し、健常者では5.6%しか検出されず、有意に高値であるとのデータが表れている。(甲69の1/(長文英語につき略)、甲69の2/訳文)。


また、感染後CFSは、発症の原因となったウイルスが排除され、「感染性が消失し主な症状が回復したにもかかわらず“後遺症”」として現れると言われている(甲69/厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引 別冊 罹患後症状のマネジメント」4頁、12頁、甲68/東京都「新型コロナウイルスの後遺症について」、甲70/NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会のウェブサイトプリントアウト書面「COVID-19神経ハンドブックにME/CFS」と題する書面)。

例えばNHKの「【続報】“後遺症専門外来”新型コロナ後遺症治療 現場の医師が向き合う認知機能障害」という報道においては、「新型コロナに感染した時は軽症だったのにもかかわらず、脱した後、無気力や慢性疲労症候群を伴った後遺症に悩まされ続けて」いる患者の病状を紹介している(甲72/NHKのウェブサイトプリントアウト書面「【続報】“後遺症専門外来”新型コロナ後遺症治療 現場の医師が向き合う認知機能障害」と題する書面)。

そして、後遺障害として感染後CFSの症状が現れた際には、「疲労感のため、月に数日は社会生活や仕事ができず休んでいる」程度(PS3)の疲労感が徐々に生じるようになり、「評価期間の50%以上」の割合で「再発を繰り返す」ことになる(乙16/慢性疲労症候群の実態調査と客観的診断法の検証と普及25頁から26頁)。



2  本件について



以下では、①本件受診日から平成24年11月28日までの症状②平成28年11月28日の症状③平成24年11月28日から平成25年3月4日までの症状④平成25年3月5日以降の症状の各症状が上記感染後CFSの発症経過と符合するものであることについて詳述する。


(1)本件受診日から平成24年11月28日までの症状(上記①)

第一審判決は、本件受診から平成24年11月28日までの約2ヶ月の間における感冒様の症状や倦怠感は、マイコプラズマ感染症等の感冒による症状であった可能性は否定できない旨判示している(第一審判決20頁)。

この点、第一審判決が認定するとおり、控訴人は、本件受診日の2日前の平成24年9月23日から鼻水、せき、喉の痛み等の感冒様症状が約2ヶ月間継続し、同症状については感染後CFSの典型的な原因とされるマイコプラズマ感染症と診断されるに至っているのである(甲8/診断書、甲42の1/ツイート、甲59/陳述書)。

そして、上記のとおり、感染後CFSにおいては、慢性疲労症候群はマイコプラズマ感染症等の感染症の後遺障害として発症するところ、慢性疲労症候群の原因となる感染症に罹患した時点では同感染症の感冒様症状が生じることは当然であり、第一審判決の指摘は感染後CFSの発症の機序を理解していないものと言わざるを得ない。

なお、第一審判決は、同時期の疲労感・倦怠感について、「立位や座位を保てないほど」の疲労感・倦怠感であったとまでは認められない旨判示しているが(第一審判決20頁)、上記のとおり、本件診断基準によれば、診断において必要な疲労感・倦怠感の程度は「評価期間の50%以上」という割合で「疲労感のため、月に数日は社会生活や仕事ができずに休んでいる」程度で足りるのであり、「立位や座位を保てないほど」といった要件は本件診断基準には一切定められておらず、第一審判決が何らの医学的根拠もなく創出して加重した要件である。

そもそも、同時期は感染後CFSの原因となった感染症に罹患していた時期にすぎず、後遺障害としての慢性疲労症候群の症状は完全には現れていないとしても何ら不自然ではない。

したがって、控訴人は、本件受診日から平成24年11月28日まで、感染後CFSの典型的な原因となる感染症に罹患していたものといえ、ことことは、むしろ、控訴人が罹患した慢性疲労症候群が感染後CFSであることを推認させる方向の間接事実であるといえる。



(2)平成28年11月28日の症状(上記②)

第一審判決は、平成24年11月28日までに、マイコプラズマ感染症が治っていたとして、「6か月以上持続ないし再発を繰り返す疲労」があったと認めることはできない旨判示している(第一審判決19頁から20頁)。

しかし、上記のとおり、感染後CFSは、発症の原因となったウイルスが排除され、「感染性が消失し主な症状が回復したにもかかわらず“後遺症”」として現れることから、控訴人が平成24年11月28日から平成25年3月5日からの間にマイコプラズマ感染症が治っていたとしても、同マイコプラズマ感染症が慢性疲労症候群の原因となったことを否定する理由には一切ならず、この点についても、第一審判決の指摘は感染後CFSの発症の機序を理解していないものと言わざるを得ない(甲67/厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引 別冊 罹患後症状のマネジメント」4頁、12頁、甲68/東京都「新型コロナウイルスの後遺症について」、甲70/NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会のウェブサイトプリントアウト書面「COVID-19神経ハンドブックにME/CFS」と題する書面)。



(3)平成24年11月28日から平成25年3月4日までの症状(上記③)


第一審判決は、平成24年11月28日から平成25年3月5日までに約3ヶ月間の「未継続期間」について、感冒様の症状を知人等に対して訴えていた等の「客観的な資料」がないことから、本件受診日から平成24年11月28日までの感染症と慢性疲労症候群は関連性が認められない旨判示している(第一審判決19頁から20頁)。


ア  本件事務連絡

前提として、本件事務連絡によれば、「医療機関への未継続期間」が「6ヶ月を超える期間となる場合にあっては、診断書等の医療機関が作成する書類」を必要であるが、6ヶ月未満の期間であれば、「当該未継続期間において、線維筋痛症等の症状が継続している旨の申し立てが行われていること」で足りると記載されている(甲58/線維筋痛症等に係る障害年金の初診日の取り扱いについて)。

なお、被告も本件事務連絡が本件不支給決定時にも妥当する従来の運用を明文化したものであると述べている(被告準備書面(3)5頁)。


イ  本件事務連絡の法的位置付け

前提として、本件事務連絡は、日本年金機構を名宛人としたものであるところ、日本年金機構とは日本年金機構法により設立された特殊法人である(日本年金機構法3条)。

そして、行政事件手続法4条2項1号が、国と特殊法人の関係について同法の適用を排除していることから、反対解釈により、特殊法人たる日本年金機構は行政機関に該当するものといえる。

また、厚生労働省は、日本年金機構に対する監督権限を有する(日本年金機構法1条)。

実際、最判平成26年9月25日民集68巻7号781頁は、処分性の有無が争点となった事案において、日本年金機構は行政事件訴訟法12条3頁の「下級行政機関」に該当する旨判示している。

そうすると、厚生労働省と日本年金機構は、上級行政機関と下級行政機関の関係に該当するものといえる。

したがって、本件事務連絡は、慢性疲労症候群等についての国民年金法30条1項及び厚生年金保険法47条1項の「初診日」の法令解約を全国で統一するために上級行政機関である厚生労働省から下級行政機関である日本年金機構に対して発せられた解釈基準であり、行政規則としての法的性格を有するものといえる。



ウ  行政規則が裁判上の解釈基準になること

行政規則は、法規範性を有しないものの、実質的に行政機関による法令解釈の指針・手がかりとして重要な機能を果たしていることから、司法手続との関係においても、法解釈の重要な指針になるし、行政規則からはずれた行政決定がなされた場合には、平等原則に照らし、裁量権の逸脱・濫用にもなり得るものといえる。(最判昭和33年3月28日民集12巻き4号624頁)。

したがって、本件事務連絡についても、慢性疲労症候群についての国民年金法30条1項及び厚生年金保険法47条1項の「初診日」の裁判上の解釈の判断指針等には十分になり得るものと言える。


エ  本件について

確かに、平成24年11月28日から平成25年3月5日までの3ヶ月間についての、控訴人の症状を客観的に裏付ける証拠は存しない。

しかし、上記のとおり、本件事務連絡によれば、6ヶ月未満の「未継続期間」についての症状の説明においては、「客観的な資料」は不要であり、「当該未継続期間において、線維筋痛症等の症状が継続している旨の申し立てが行われていること」で足りるのである。本件では、控訴人は、乙1の診断書や病歴・就労状況等申立書において、平成24年9月25日から一貫して倦怠感が継続している旨申立てを行っているのであり、6ヶ月未満の未継続期間についてそれ以上の「客観的な資料」を要求することは、本件事務連絡において定められた運用に真っ向から反するものであり、第一審判決の内容は、訴訟における立証と処分における認定の運用を混同するものであり明らかに誤っているものと言わざるを得ない。

なお、「立位や座位を保てないほど」の疲労感・倦怠感についての申立てまでは不要である点については上記のとおりである。


(4)平成25年3月5日以降の症状(上記④)

平成25年3月5日以降の症状が一貫して本件診断基準の各要件を満たしていることについては、原審で主張・立証したとおりであり、第一審判決も初診日が平成28年4月26日より前であった可能性は否定できない旨判示している(第一審判決22頁)。


(5)まとめ

以上より、控訴人は、①本件受診日から平成24年11月28日までは、感染後申請の典型的な原因であるマイコプラズマ感染症に罹患しており、②平成11月28日時点では、マイコプラズマ感染症の症状が一旦治まっているが、この点は慢性疲労症候群が感染症の後遺障害であるということとむしろ整合的であり、③平成24年11月28日から平成25年3月4日までは、約3ヶ月間は通院していないものの症状が継続している旨の申立ては行っており、④平成25年3月5日以降は、一貫して本件診断基準の各要件を満たしている。

そうすると、上記①から④の時系列によった症状の経過に鑑みれば、控訴人は、典型的な感染後申請の発症経過を辿っていたものといえる。



  第5  結論

以上より、控訴状の控訴の趣旨記載のとおり、厚生労働大臣が、控訴人に対し、平成29年3月21日付けでした障害基礎年金及び障害厚生年金を支給しない旨の処分は、取り消されるべきである。



  第6  追加の証拠提出の予定


現在、追加の医師の意見書の提出の準備を進めており、追って提出する予定である。



以上




















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