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5 現在の症状(障害の程度)

 症状として出てくるのは、繰り返す咽頭痛、頭痛、目眩、吐き気、身体が鉛に感じる程の倦怠感、手足の冷え、繰り返す下痢と便秘、不眠と過眠の睡眠障害、部屋の蛍光灯でも目に突き刺さるような痛みを感じてサングラスやアイマスクが欠かせなくなるほどの光過敏、テレビの音や食器の音など生活音でも頭を殴られるような痛みを伴う音過敏、タバコや香水・柔軟剤などの化学物質に反応して頭痛や目眩、吐き気がして立っていられなくなる、味覚障害で調味料の1つの味しか感じられず食材の味はわからない、顔や足など小さな虫が這い回る感じのするムズムズ症候群の症状が出る、全身の筋肉痛、関節痛、肩・首・背中・腰のハリとコリが酷くて目眩がする、皮膚の炎症が続く、気圧や気温により頭痛、目眩、吐き気、全身の痛みが出る、体温調節が出来ずに極度の発汗と悪寒を繰り返す、血圧が80/50~140/701日で何度も行ったり来たりする、脳を使う作業の後は激しく疲れる、長文が読めない、既に知っている知識を聞いたり話したりする事は出来るが新しい知識を取り込む事が出来ない、文字は読めても意味が理解出来ない、足の裏をガラスの破片で突き刺されるような痛みが頻繁に訪れる、入浴は最も疲労感を感じ1週間に15分~15分程度で入浴後は30分以上横になっていないと着替えも出来ない等、身体の症状と脳の症状どちらかに偏った形で現れる事もあり、両方に現れる事もあります。

日和見の病気とも言われるように、気温や気圧などの環境や安静に出来た時間により体調も変動する事が多く、1ヶ月の内に2週間は最も辛く、1週間は少し良い状態で、その中間が1週間ほど訪れます。

日常生活で具体的に困る場面としては、握力と腕力が無くペットボトルの蓋があけられない、コップに水が半分以上入っていると重い、人と会話をした後は、うどん1本すら重く感じて持てないほどになる、スーパーの惣菜のパックを開ける力がない、お箸で魚の骨を取るなどの細かい作業は出来ない、小さいボタンが多い服は脱着しづらい、ATMの使い方が分からなくなる、会話の言葉は聞き取れても内容が理解出来ない、などですが、座位は50分程で全身に痛みが感じられ、歩行は日により115分~1時間と出来る時間にも波があることです。

2017年の診断時には握力は4㎏で、自走の車椅子の運転を試みましたが2m漕ぐのがやっとでした。

あらゆる症状に波がある為、同居している家族にも理解されにくい病気です。自分に都合の悪い事だけ出来ないのではないかという誤解を受けたり、一般的な体力から「アレが出来るならコレも出来るはず」と思われる事があります。

しかし慢性疲労症候群CFS患者は1つの事をする為に前もって安静に過ごし体力を温存し、目的のひとつをやり遂げるために体力や脳を使ったらその後はまた多くの安静期間を要します。

やりたい事が複数ある場合は、何かを優先して何かを諦めなければなりません。1日以上の力を使ってしまった場合には何日も寝たきりで過ごさないと回復出来ません。

一般的には体調が悪いと病院へ行き、治療をする事で回復しますが、慢性疲労症候群CFSの患者は病院へ行く体力がある元気な時にしか病院へ行けません。待ち時間に耐えられ、外出が出来るようになるまで安静を保ち、全ての力を使って通院します。その為、医師に診てもらえるのは体調が1番良い時の状態であり申告した症状よりも元気だと思われてしまいます。

そして病院から帰宅した後に、通院の疲れでまた何日も、何週間も、長い時は何ヶ月も寝込むことになりますがその姿は診られることはないので伝わらず、また、同居の家族から見ても動けずに寝ているのに、その姿はただ寝ている姿と変わりない為、深刻さが伝わりづらいです。

診断書の為に東京へ通院した事により、また症状が悪化して、近所の内科で点滴と注射をしました。しかし、その帰宅後にまた手脚の痺れから硬直にいたり、激痛に襲われ救急車を呼ぶこともありました。

 初期症状が出てから何ヶ所も病院を尋ねては何も分からず、誤診され、病名がつかない為に会社からも理解されずに通院で休む日が増えた事により、残業が多い部署に移され、自ら辞めるのを待たれているような状態になり、最初は心配してくれていた人たちも数ヶ月経つと「まだ治らないの?」「甘えてるんじゃないの?」「やる気がないのでは?」「検査してもわからないなら大きな病院じゃなくて会社の近くの病院に変えて、休まずに定時で上がって通院して」など追い詰められるようになり、言葉で説明しても認めてもらえず、やっと病名がわかったので治療に入れると喜んだのにその病名すら信じて貰えず、両手足が硬直して自力で水も飲めずトイレも行けず食事も出来ない状態が10時間以上続いても病院へ来るなと言われる現実の中で、これからどうやって生きていけば良いのだろうかと不安と恐怖しかありませんでした。

そして心底、鉛のような重い身体に耐え難い激痛の発作が突発的に訪れる日々に心身ともに疲れてしまいました。20164月に医学誌ランセットに慢性疲労症候群の患者の自殺率は一般集団の7倍という記事が掲載されたそうですが、死を選ぶ人の気持ちも理解できます。

国立病院では精神科を勧められましたが、その病院でも慢性疲労症候群であればこの病院では特に何もできないと言われました。ただ、発作的な痛みが出たときは救急車を呼んでもよいと言われてそれだけでも精神的に救われました。

やはり病気を理解している東京の医師に診てもらうしかないと思い、通院をする為の車椅子を探しました。

 車椅子が必要だから障害者手帳を申請しましたが支給されるまでに1年の月日を要し、折角支給された車椅子では体を支えるクッション性は薄く、50分間乗っていると身体が痛くなります。高さもあるので折り畳んでも車の形によっては入らないものもあり、タクシーには乗車拒否をされました。

病気の症状に合わせて必要な車椅子が支給されないのなら、自力で購入するしかありませんが電動はとても高額で買うことが出来ません。県外や長時間の外出には支給された車椅子では体調を崩してしまうので電動車椅子をレンタルしています。

やっと車椅子とヘルパーさんも揃いましたが、今度は東京に通院する交通費と治療費が足りません。

交通費と治療費のために、障害年金の申請をしましたが不支給決定になり、不服申立てをし、結果が出るまでに2年に渡る期間が過ぎていました。

その間に最も効果があると感じられたまだらめクリニックを受診するにも交通費を含め、一度に3万円程の出費になるので、治療を受けることが難しくなりました。

現在では近所の内科で月に1度、症状を報告し対症療法の処方薬を出してもらっています。突発的に体調不良となった時には点滴や注射をしてもらう事もあります。しかし、慢性疲労症候群CFSの知識のない病院で検査や処方薬を貰っても根本的な治療には結びつかない為に症状が安定する事も良くなることもありません。

やはり専門医の治療でなければ悪化していくばかりで何も出来ない事は身をもって体験したと感じています。

6 本裁判に至った理由

障害年金の不支給決定の理由として「請求のあった傷病(慢性疲労症候群CFS)の初診日が平成28426日であり、初診日において厚生年金保険の被保険者であった者に該当しません。」とありました。

不支給である事と共に、初診日をまだらめクリニックを初めて受診した日とされました。

しかし、障害年金における「初診日」とは、「障害の原因となった傷病について、初めて医師または歯科医師の診療を受けた日」のことをいいます。

班目医師の意見書に「発症当初は本疾患を疑うことはできても、本疾患と診断することは疾患の定義上不可能です。そのため、発症当初に慢性疲労症候群と診断されなかったのはやむを得ないことと考えます。」と書いてあるとおりです。この病気は6ヶ月以上経過して症状をみたうえで初めて病名がつくものなので、発症当初に専門医に診てもらえていたとしても確定診断は出来るはずのない病気です。

専門医であれば疑いとして様子を見て6ヶ月以上の経過ののちに確定診断をして貰えますが、知名度が低く病名を知ってる医師が少ない為、この病気を知っている医師に出会えるまでに何件もの病院を回り、何年もの月日が経過する事が多い疾患とされています。

慢性疲労症候群CFSは感冒様症状後に日常生活に差し支えるような著しい疲労倦怠感が続くことが典型的な初期症状とされていますが、私が主張する初診日は「急性上気道炎・急性扁桃炎」とされているから因果関係がないという判断がされました。

繰り返す咽頭痛や感冒の症状は典型的な初期症状とみなされています。マイコプラズマも慢性疲労症候群CFSの原因の一つである可能性が高いとされています。

それを否定するからには、専門医の意見を退けるほどの医学的根拠が判断する側にあったのか、障害認定審査医員の具体的な専門分野や慢性疲労症候群CFS患者の診断、診察の経験がどの程度あるのか教えていただきたいです。

この慢性疲労症候群CFSという病気であるが為に、ドクターショッピングを続け、誤診され、確定診断までに数年を費やし、限られた専門医に治療を受けることにも通院する為の環境が必要となり、認定医には障害者手帳の申請を拒否され、他県まで通い取得出来ても、その次には車椅子の意見書も拒否され、車椅子の申請も拒否され、挙句に障害年金の初診日が、本来の初診日の定義と異なる形で確定診断の日にされて却下される。

ここまで迫害されて、治療にたどり着くにはどうすれば良いのでしょうか。

この病気においては確定診断までに何年もかかることは多く、その書類を集める事もお薬手帳などで遡って調べる事も患者にとっては大きな負担です。

この病気になるまで、私は行政は助けてくれ、相談できる場所だと思っていました。しかし、この病名の患者にとって、病気と闘う前に行政と闘わなければならない現実を知りました。

そして会社からも友人からも家族からも信じてもらえず理解されない病気がある事を知りました。

先にも挙げたとおり、この病気に対する差別や無理解から、本来ならば病気と闘う事に集中できるはずなのに、病院、行政、会社、家族、などの無理解と対峙しなければその先の治療にたどり着けない。使えるはずの制度が使えない。

 となれば、患者の内3割は重症で職にも付けず家事をするにも大変な状態であるとされる慢性疲労症候群CFSの患者は、どうやって希望を持てば良いのでしょうか。

どこに相談する機関があるのでしょうか。

まだ働き盛りの年代が寝たきりになり介護を必要とする事で患者の数だけ介護者も必要となり、介護業者に頼れない患者は家族や身内の負担が大きくなります。軽症なうちに対症療法で寛解する可能性はあっても、日本では10数名程度の専門医しかおらず、各都道府県に1人も居ない事から、誤診されたらい回しにあい重症化する確率が高くなります。

 今回の裁判をするにあたってSNSや直接なやり取りの中で沢山の方に声をかけていただけました。

同じ病気で同じく不支給にされた患者さんや、似たような指定難病になっていない難病で不支給とされた患者さんから、どうかこの声を届けて欲しいと言われました。

この場にいるのは私1人ですが、この障害年金の審査の問題は私1人ではなく、沢山の同じ想いをしている患者全員に関わる人生をかけた大切な問題です。

どうか苦しんでいる患者の声を聞いてください。

私は自分に合う治療法を試してみたいです。治りたいです。自分の足で好きな場所に行ける身体に戻りたいです。

仕事が出来る体力を取り戻し、社会と関わりたいです。

 何も出来ずに自分の存在価値が無いと思いながら身体の苦痛に耐えて生き続ける事や、死を選んで終わらせるのではなく、希望をもって回復する事で終わらせたいです。

 筋痛性脳脊髄炎(ME)/慢性疲労症候群(CFS)の患者にも平等と公正を、人権を認めて下さい。

以上