地球上のある都市にむさっぴはいた。むさっぴは理系でもなく、文系でもない実質小学生の知能レベルの中年だった。

 

 彼が最初に躓いたのは、小学生の頃1/3と言う分数を習った時だった。算数は1/3は1/3だから覚えろ!と頭ごなしに言われた事に反発を覚え、原理原則が分からない事を忌み嫌う性格のまま中年になっていた。

 

 彼は特殊な能力を持ち合わせていた。それは言葉や、予知夢の様な確かなものではなく、フワフワしたイメージが湧き出て来る漢字だと言う。後にカタカムナ文明の運命数を調べたところ使命数は40であり「奥深くに出現する」であった点に筆者は納得した物であった。

 

 その特殊の応力とは、少し先に起きる出来事がぼんやりとイメージとして頭に入ってくるそうなのだ。これは経験則なのかは分からないが結構な高い確率で地震の発生を予測するし、仕事などのプロジェクトでもSWOT分析などを緻密にやっている様だが、それにしても想定もしていないリスクすら事前に回避していると言う神業をやってのける事が屡々だと言う。

 

 彼はある期間、地下に潜り人との接点を持たずに生活をする仕事をしていた。この経験からなのかコロナ全盛期になるはるか昔から一人在宅勤務を行い、他人とのコミュニケーションを絶ちネットを活用して生存する為のI/Fのみを維持していたらしい。彼に言わせるとコロナ禍は、なんら生活が変わらないので苦ではないそうだ。

 

 元来、孤独を好み人に支配される事を極端に嫌う性格なので群れの概念が無い人なのだと筆者も感じていた。

 

 さて、そんな彼が突飛な事を言い出した。風の時代となり、フォトンベルトを抜ける2000年間にユーラシアプレートが沈みゆく中で、太陽プレートが浮上してくると言う荒唐無稽な話である。

 

 彼の妄想?の中では海抜1000mからマイナス1000mは比較的短い期間である数年で地震と噴火を伴い動くと言うのである。そして、彼は言った。

「だってね、よく考えてくださいよ。東日本大震災のレベルの小さな亀裂地震でも数メートルから数十メートルの地盤沈下が起きたわけですよ。」

確かに現実はそうである。

「それで、地球を面と捉えてどちらかが沈み込み体積である密度が高まれば、どちらかに歪が出て密度を開放する事で均衡は保たれるのですよ。」

「その凸と凹の振幅は増幅期に入ったのですよ。それは太陽活動や太陽系の話ではなく高磁気帯のフォトンベルトに入ったからなのですよ。」

それはどう言う事なんですか?

「マヤ文明の暦で2012年に暦が変わるとされていましたよね」

「実は、フォトンベルトの磁場は太陽系の均衡すらを揺るがす大事な問題なのだけど、それを知る者たちは頑なに口を閉じているのですよ。」

「そして太陽系で起きている事だけに目を向けさせて、他のことに気付かない様に情報誘導が図られている訳です」

なるほど、そんな事もあり得ない!と否定する事も出来ませんね。それで、この後はどうなるんですか?

 

「それで、私に沸いて来たイメージなんですけどね、・・・」

 

あっ、ちょっと話が長くなってしまったのでテープチェンジしますね。

 

いったん休憩です。

 

また、次回。

 今日、教場Ⅱ後編をテレビで見た。

エンドロールの後のエピソードで自分の背負うものを再認識、再覚知する事となった。

私は、若くして人生の終止符をうった友人が二人いる。

今日はその話をしたいと思う。

 

 まず、私の話をしておこう。私は生まれつき頸椎狭窄症と言う病気で頸椎の神経が

通る部分が異常に狭いので首を曲げただけでも全身機能不全に陥る可能性があった。

1989年(15歳)頃、福島県の猪苗代でスキーをしていた。翌日はSAJのバッジテスト

1級の受験を控えていた。ナイターでポールをやる事となったが日中に削られた溝は深く、

ナイターで凍り付いてアイスバーンになっていた。レーシングの激固、長尺の板に乗って

いたこともありスピードが乗れば機微なコントロールが難しくなっていた。

タイムを競っていたので攻めた結果、最後のポールをひっかけて10m程宙に舞った。

着地をした瞬間から記憶が無い。10分程度して意識が戻るが首から下が一切動かない。

救急車で地元の救急病院に入院したが、検査の結果頸椎狭窄症もあったので

一生QOLが回復する事は無いだろうと宣告された。相当泣いた。泣き明かした。

10日も経過したころ体が動くようになった。

 時は立って2017年(45歳)体にガタが来た。頸椎狭窄症に加えて加齢で軟骨が扁平して

せり出してきたところで脊髄を圧迫していた。右半身がうまく動かせなくなった。

奇しくも、その頃は仕事で東京、大阪、名古屋、京都と新幹線に乗りまくる生活だった。

大学病院でMRI、CT検査を行ったところ緊急オペとなった。

頸椎のC3からC7迄頸椎拡大術をして貰った。仔細は分からないが3時間の予定が、

6時間かかったのでなんらかの不測の事態はあったのだろう。

3年が経過したが身体障碍者となった。

 

主治医は今以上に悪化していく危険性を心配している。

少なからずALSになる人もいるからだ。

 

私は無知の一般人だと思われて自分で判断する事を主治医は嫌う。

しかしだ、自分の体は自分が一番良く分かっている事も事実である。

それに加えて、

 

小学校の頃歩いていたALSの友人は高校に進学する頃には車いすに乗り、

1年もしたころには骨と皮になっていた。17際の夏に人生の幕を下ろした。

彼の車いすを毎日押していたので日に日に弱っていく彼の様子を見守る事しか

出来なかった。彼は夏休みに入る前、はじめてクラスの皆でトランプがしたいと

言った。そして声をかけて7,8人でトランプをした。その夏に旅立った。

自分の状況は周りで見ている以上に自分が分かるものだと痛感する。

 

彼は学問にどん欲に挑み明日人生の幕が下りるかもしれない状況で、

学ぶことを辞めなかった。意地だったのか、習慣だったのか、私に知る余地も無い。

しかし、彼は彼が出来る事の中で充実した人生を過ごすための創造と工夫を繰り返していた。

彼の人生の時間は短かったが充実した時間であったと願いたい。

 

最近、健常者の論理を障碍者に押し付ける言動をよく目にする。

精神面で障害を持つものや、認知症は事情が異なるだろうが、

身体障碍者においては、型にはめられるよりもQOLが低下した中でも

個々の自由を尊重する事こそが、人間としての配慮なのではないだろうか。

これは健常者も、障碍者も無いと私は考える。たまたま足が動かないから車いすに乗るし

手足が動かないから介助をして貰う。ただそれだけの事だ。

 

わたしの17歳の夏は、彼が人生の幕を下ろした年であり、

2年前に体が一切動かなくなる経験も重なり相当精神的なショックを受けた。

円形脱毛症になったから心が傷ついたのは間違いない。

 

しかし、彼が教えてくれた事は無いものねだりをするよりも、

あるもので、どう工夫して人生を豊かにして生きる意義を見つけるか

が大事なのだと理解している。

 

15歳で死を覚悟して、17歳で友の死経験し、他の友人の自尽を経験し、

それぞれの死がある事を理解しているつもりだ。だからこそ自分が持つ時間を

推測して、どう生きるかを愚直に考える。だからこそ他人に殺されるなど

あってはならない事だし、ウイルスをばら撒いた人間がいたとしたら許せないのである。

 

それぞれの命が、他社の利益の為であるなどあってはならない事だ。

五輪開催の為に、命を落とすものがいてもいけない。

 

もっと、自らが背負うものを見つけて「命」に真摯に向き合って、

死までの時間をどうコーディネートするのか。

 

自分と向き合う時間となった。

自分の命をどう役立てるかは自分の自由だ。

ただ、一つのベクトルで行き詰った位で死を選ぶ事は間違いだ。

世界は広いし、あなたの命は偉大なのである。

 

生きて、思考している事が奇跡なのである。

 

わたしは、死に際に笑顔で「我が人生悔いなし」と言う為に行動し続ける。

 

 突然ですが、私は自分を律し、自分の発言や行動に責任が持てる人間です。かつ、1周先を走ってしまうので何も考えていないその場に留まっている人と、頑張って一周走りきった人にしか評価されません。

 でも、それで良いんです。私は人に評価される為に生きているのではありません。自分の幸福を追求する過程で人に施す優しさと少しのお節介が社会全体を幸福にすると信じているからです。

 

 昨今、痛切に政治への無関心、自分への無関心、な〜にも興味がないという人が多くいる事を知りました。知的好奇心を刺激する為に思考を揺さぶる質問をしても、思考停止なので何も返ってきません。この状況は、由々しき状態だと感じました。特に会社などで一緒に仕事をする人達と仲間になりきれないでいます。

 

 しかし、私もこの第二次ベビーブームに産まれ皆と同じ生活をしてきました。学校は自由を慮る私立を出ましたが、その中にも東京大学を目指し、与えられる情報を暗記する事に生き甲斐を燃やす人はいました。(彼の場合は応用も効きそうですが。。。)詰め込み型の勉強をして、ゆとり教育世代も学校では自分で考えると言いながら、塾では何週も先の答えを教えてもらう。本人が考える「時間」が奪われてきました。

 

 では、私も同じ時代を生きていたのにどうして、集団作業では役割の重要性と、ファシリテートをするリーダーの重要性に気付けたのでしょうか。解は複数存在し、最適解を選べるのでしょうか。そして、専門性が大事だと考えているのでしょうか?

 

「そなえよつねに」なんです。

 

 えっ!?何言ってんのって思われた方も多いかもしれません。ボーイスカウトのモットーなのです。

 ボーイスカウトや、日本ボーイスカウト連盟などにいいイメージを持っていない方もいるかもしれません。得体の知れないフリーメイソンなんでしょとか、色々な意見がある事は知っています。私は7年間この組織に参加していましたが素晴らしい組織でした。光と闇なので闇の部分もあった可能性はありますが私はそれを見る事はありませんでした。

 

 皆さんのボーイスカウトへの印象って、赤い羽根の共同募金とかですかね?地方とかだと他国の国家元首が来た場合の歓迎を盛り上げる青少年集団としての役割もあるかも知れません。私は東京の組織だったので、ボーイスカウトとしての社会への関わりは、赤い羽根共同募金やバザーなど「お金」に関わる部分だけでした。

 

 では、ボーイスカウトで何をやっていたのかって事を書きたいと思います。小学生の頃は近くの公園、秋川渓谷などでバーベQ、キャンプを経験し、1泊2日だったりのキャンプの計画立案から、準備、実行、片付け、反省(振り返り)をやってきました。今の仕事でいうとPDCAですね。

 ロープワークでは、色々な結び方を学ぶ事で、どのような状況には、どの様な結び方が使えるのか。そしてどの様に組み合わせて使えばいいのかを体験の中から学びます。手旗信号や、モールス信号は2つの班が別々の山に登り見晴らしの良いところでお互いの意思を伝え合う事の難しさを学びました。これは言語を合わせる必要があり、相手を慮らないと意思が伝わない事を教えてくれます。ちょっと古くなりますがポケベルで4649は、ヨロシクであるという言葉の定義をした様に、いかに手旗を振る回数を減らすのかという議論もなされました。世界共通の手旗信号を学び、我々の班で独自に伝わるローカルルールも作りました。

 中学生になると、ある時は1/25000国土地理院の地図とコンパスを渡されて目的地までたどり着くゲームが行われました。班は5〜6名程度で構成されており地図を正しい方向で読むもの、等高線などから体力消耗を最小限にして安全なルート提案をするもの、一つ先の山の鉄塔を元に距離を測るものとそれぞれ得た知識を応用して課題に取り組むことが出来ました。リーダーはその道の経験者であり安全性を確保した上での課題な訳ですが、初めて経験する私達は生きるか死ぬかの瀬戸際な訳です。その中で、一人では出来ない事を班(5〜6人)で力を合わせてやり遂げる力を備えて頂いたのだと思います。

 なんで自然を相手にボーイスカウトは活動をするのか?という問いに対しては色々な解釈があると思いますが、私の経験からは日常からの脱却、非日常を作りすという意味があったのではないかと理解しています。この事で、思考、推論で終わるのではなく(生死をかけてという気持ちで)身をもって体験する事で、役割の重要性やリーダーシップの重要性を学べたと思いますし、繰り返し出される課題に対していかに安全に楽をするかという観点から創意工夫をしますし、準備を入念にする様になるのです。

 今になって考えると、ロープワーク、救急、手旗信号、モールス信号、地図とコンパス、リーダーシップと決断などは全てツールであって、生き抜く為に必要なものだと理解するから習得するのです。そして班は、それぞれが、それぞれの分野について専門性を高めて協調する事で何倍もの効果を生み出す事を身をもって体験させてくれているのです。

 中学生も後半になれば、60キロ離れた知らない土地に連れて行ってもらって、地図とコンパスだけを受け取ってお金を持たなくても50名程度が誰一人脱落する事なく十数時間かけて歩いて帰ってこれる様になるのです。

 

これが、備えよ常に。の精神なのだと思います。

 

 いくら、創意工夫が必要だとか、ツールの使用方法を叩き込んでも実体験をしていない人には絵に描いた餅となってしまって、その餅ではお腹は膨れないという結論に帰着してしまうのです。

 私であれば、絵に描いた餅があればその紙を燃やせば暖が取れるだろうと考えますし、繊維に栄養があれば食べるでしょうし、餅の絵の魅力をプレゼンして他者の持つおにぎりと物々交換してもらうかも知れません。1つの問題に解は1つしかないという概念を持っていると現実世界は生き辛いと感じてしまうかも知れません。

 

 ボーイスカウトは、非日常の自然の中でのサバイバル術を教えているのではなく、社会でも通用する生き方を教えてくれているのです。備えよ常にとは、いつ何時に想定外の事が起きるか分からない。しかし、想定外が起きた時こそ真価が問われるのだよ。とそっと教えてくれているのです。

 

 3.11を起因に起きた原発事故を起因にする健康被害。狂牛病を起因にする健康被害。あげたらキリがありませんが、大きな問題が起きると思考停止に陥る政治家や官僚をよく見かけます。御用学者の嘘も見抜けず、教わった事は全て正しいという自分での反芻・証明力の低さは顕著です。

 

 未だに大企業は、従順なYesマンから労働力という時間だけを搾取し続けています。それに気付けている人はまだましですが、中央行政・立法に携わる者すら自分の意見を持ち合わせていない状況。嘆かわしい。

 

 是非、未来を背負う子供達に虐待をする事は論外ですが、学歴社会という嘘の塊である情報を叩き込む為だけの時間の使い方はこの国を滅ぼすので利権屋の餌食にならない子育てを考えましょう。

 

 最終学歴は高校を出ていますが中学、高校とまともに勉強をしてこなかったので、小学生レベルの教育しか受けていないと思われます。

 私はIT系でソフトウェアハウスから、ベンダー、SIerと経験して現在は大手企業のIT部門で働いていますが、大学卒業という学位を持っているという方に対して劣等感を持った事は生まれて一度もありません。嘘を学んでいないだけ柔軟な思考でいられるとも考えています。

 

 私は、地震の勉強をするのに地震活動総説という800ページを超える2万2千円の本を買って読みました。

 私は、首の神経に問題があるので各種学術論文を読みました。

 

 私の得た感想は、なるほど。それで? です。

ツールを集めて、ツールの使い方を説明して終わっているのが学術書であり、論文なのです。

 

 これからの少年少女、障害児、ジェンダーフリーの子供達に提供する教育とは、何なのか?再考しませんか。

 

 無知とは、最大の好奇心と知る。

備えよ常には、各自の専門性を高める。

その専門性分野に合わせた政治設計がなされ、

財政支出を拡大させれば、中間利権を排除できるし、

日本人の専門性が高まれば、価値が創造され、

貨幣価値も高まる。これを以てMMTの概念を

導入するならば財政破綻など起きるはずもない。

強い政府の裏付けは市民の専門性という価値なのだから。

 

 あえて繰り返し言おう。

 

 利権まみれの大人が稼ぐ目的とされた大学で、詰め込み教育を受けても、教えている教授自体が薄っぺらい専門性なのだから全てを吸収しても意味を成さないと。

 

 自分ごと化して、実体験に基づく経験に裏付けられない知識は、絵に描いた餅で煮ても焼いても食えないのである。 

 

 宮大工や、寿司屋、落語家として丁稚奉公した者の覚悟に勝るものはないと知る。

 

 有利子奨学金で人生を棒に振る前に、専門性を極めてほしい。専門性が分からない場合は、自分の知的好奇心と向き合って見てほしい。

 

 さようなら、意味のない学歴社会よ。

 

備えよ常に。

以上