家庭菜園の学び     | まちづくりの将来

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私たちが生きている地域社会を見つめ、これからのあり方を考えるブログにしたい。

えだまめとブロッコリーとサツマイモ。

この3つを育てることは初挑戦だった。

えだまめとブロッコリーはかたちになり始めた。

サツマイモは動物のように這いまわっている。

 

 

えだまめのこと。

居酒屋に入ると、ビールを頼みそのつまみとしてえだまめを依頼する。

もう40年以上も前からの習慣のようなこと。

えだまめを植えること。

購入した種は「湯上り娘」。

畑が決まって、土壌のアルカリ化の時間にマンションの濡れ縁で発芽作業を試みた。

気がつけば、種から芽が出て、立ち上がった。

それを家庭菜園のマルチの穴に植えると、しばらくして双葉。

そして徐々に多くなった。

水をやって成長を楽しみにした。

 

 

気がつけば、花をつけ、それがさやに変わり、中に豆を含むようになった。

さやの豆がかたちをもち、触るとあの枝豆になっていた。

試しに、数本の茎を根ごと抜き取って、自宅で茹でた。

釜茹でならぬ、鍋茹でである。

居酒屋のビールのつまみと同じだが、それよりも優しい味がした。

 

 

2回目の収穫では、茎を根ごと抜き取るのはもったいない。

茎はそのままにし、枝の房を触って、豆がしっかりしているものを取った。

残った枝の房は多くなって取る。

そんなルールにした。

 

ブロッコリーは私にとってはあまりなじみがない。

スーパーの野菜売り場に緑色の花つぼみを見ていた。

自宅で茹でて、マヨネーズをかけて食べる。

それを作ってみることにした。

マルチに開けられた小さな円に3~5粒の種を入れることから始めた。

なんと、種は競争するように立ち上がった。

3~5つの茎はお互いが組み合うように成長。

家庭菜園の先輩がそれを見て、1本茎になるように間引きを進めた。

 

 

ブロッコリーはどんどん大きくなり、太陽エネルギーをすべていただく。

そんな姿勢に成長。

私はただ見ているだけだった。

そして、3日ほど前にその中心部に花つぼみの膨らみを発見。

それが1つだけではなく、何本ものブロッコリーに見つけた。

まずは食べてみることにした。

中心部の「はなつぼみ」をはさみで切って、自宅に持ち帰ってカミさんに茹でてもらった。

たしかにブロッコリーだが、つぼみの色が薄い。

食べてみると、ちょっと違う。

 

 虫に喰われながらも耐えながら成長した私のブロッコリー。中心部のつぼみを取ると、下の方に側方つぼみが出る。

そんな情報を信じて、次の成長を待っている。

 

 

3つ目のサツマイモ。

これはは60年以上も前に、父が佐世保の焼け跡で作っていたのを見ていたので、私の体が知っている。

自宅で発生した人糞を入れて育てた。

夏の光を受けて、雑草と一緒になって育つ動きを私は見ていた。

とにかく、サツマイモの蔓が広がる。

畝をこえて拾っていた。

畑に広がる。

それもいいと思って、その蔓の上に土をかぶせた。

 

 

大きなイモができた経験。

それを思い出しながら、動く植物の菜園の野菜を観察し、楽しんでいる。