天気が良いので見頃になったという梅を観に出かけました。江戸の名所・向島百花園で、京成押上線(メトロ半蔵門線と相互乗入れ)京成曳舟駅から徒歩13分のところにあります。2月12日撮影。

 

園内は梅があちこちに咲いていて、香りがただよってきます。

 

「向島百花園(むこうじまひゃっかえん)は、東京都墨田区東向島三丁目にある都立庭園で、江戸時代に発祥をもつ花園である。みどころは早春のと秋のである。隅田川七福神の発祥の地であり佐原鞠塢が所有していた、ともいわれる「福禄寿」が祭られている。」

 

紅いのや、

 

白いのが。まだ六・七分咲きといったところでしょうか?

 

仙台出身の骨董商、佐原鞠塢(さはらきくう)がもと「多賀屋敷」と呼ばれていた土地を入手し、1804年文化元年)に開園した。360本もの梅の木を植えたことから当時亀戸(現・江東区)にあった「梅屋敷」に倣って「新梅屋敷」とも、「花屋敷」とも呼ばれていたが、1809年(文化6年)頃より「百花園」と呼ばれるようになった。江戸時代には文人墨客のサロンとして利用され、著名な利用者には「梅は百花にさきがけて咲く」といって「百花園」の命名者であった絵師酒井抱一や門の額を書いた狂歌師大田南畝らがいた。当初梅園として営まれたが、その後、園主や文人たちの構想で詩歌にゆかり深い草本類を多数栽培した。園内には多数の野草が植えられ、とくに秋の七草その他、の草花の美しさで知られた。また、池泉園路建物、30余基の石碑などを巧みに配した地割でも有名であった。

その後も民営の公園としての長い歴史を経たが、明治以降、周辺地域の近代化や度重なる洪水などの被害を受け、明治末年頃よりその影響で草木に枯死するものがあり、一時は園地も荒廃したが、のちに東京市に譲渡されて1939年昭和14年)には公営の公園として出発した。」 同

 

何百本の面影はありませんが、江戸の風情はありますね。

 

 

 

 

隅田川七福神のひとつ福禄寿堂。

 

入り口

 

入園料は大人150円、65歳以上は70円。さすがに都営、安いね。

 

江戸時代に桜の染井吉野の開発・普及するまでは、花見と言えば観梅のことだったと聞きました。今はこじんまりとした庭園ですが、その昔のこの時期は大人気の華やかな場所だったろうと往時を偲びました。

 

前回紹介した押上のたばこと塩の博物館に向かう途中で川津桜を見つけました。梅より艶やかに見えます。

 

 

使ったのはMinolta MC W.Rokkor SI 28mm/F2.8+A7です。