銀座で古いビルというと必ず出てくるのがこの奥野ビルで、「新美の巨人たち」などの番組でも紹介されました。

過去に行ったこともあるはずですが、あらためて5月27に訪問しました。
 

以下、説明はGemini君が作成してくれました。

 

東京メトロ有楽町線「銀座一丁目駅」の10番出口から徒歩約1分の場所にあります。

昭和初期のものとは思えないモダンな外観。

 

  • 1932(昭和7)年:本館が完成
    向かって左側の建物が先に作られました。これが最初の「銀座アパートメント」です。
  • 1934(昭和9)年:新館が完成
    2年後、隣接する向かって右側の土地に、本館とそっくりな外観の新館が建てられました。新館を建てる際、最初から「本館と連結させて1つの建物として機能させること」を前提に設計・建設されました。

一階のテーラーとギャラリー、丸窓がモダンですねー。

 

一階のホール、当時流行ったタイルの壁。

 

レトロな階段。新館を無理やりつなげたので、不自然な位置に窓があります。

 

階段の向こうにまた階段があります。

 

 

「民間住居(マンション)に設置されたものとしては日本最古(級)」、そして「東京都内に現存する手動式エレベーターとして最古(級)」 と言われています。これは懐かしいね。

 

完全セルフの手動式:東華菜館のように運転手が操作するのではなく、利用者が自分で外の扉と内側の黄色い蛇腹式シャッターを手で開閉して乗るという、非常に珍しいスタイルがそのまま残されています。

 

内部の多くはギャラリーとして使われています。

 

 

 

かっての様子をよく残す306号室。美容室として2009年まで店舗兼住居として使われていました。

 

 

やっぱりこの階段と廊下の風情がいいですね。

 

設計者は、建築家の川元良一(かわもとりょういち)氏です。

  • 経歴:関東大震災の復興住宅として有名な「同潤会アパート」を企画・建設した同潤会(どうじゅんかい)の建築部長(設計課長)を務めていました。初期の同潤会アパート設計の陣頭指揮を執っていた人物です。
  • 他の代表作:同潤会から独立した後は、東京都千代田区にある国登録有形文化財の「九段会館(旧・軍人会館)」などの設計を手掛けました。
  • 建築の背景:当時のオーナーである奥野治助氏と川元氏に交友関係があったことから、このビルの設計を依頼されました。 [1, 2, 3, 4]

建築当時の最先端だった「鉄筋コンクリート造による耐震不燃の高級アパート」には、同潤会で培われた川元氏のノウハウがふんだんに詰め込まれています。 [1, 2]

 

 

過去には西條八十、菊池寛、田中絹代などの文化人や芸能人も暮らしていたそうです。竣工当時は憧れの最先端のアパートメントハウスだったのでしょう。

 

建物の保存・運営は奥野一族で今もやられているそうですが、いろいろ大変でしょうが、さすがの江戸っ子の心意気、これからも応援します。

 

カメラはA7RM3、レンズはフォクトレンダーUWH 12mm/F5.6 です。

久しぶりに観たくなり「赤坂離宮」に6月22日に行ってきました。なんと2年半ぶりの訪問です。

 

JR四ツ谷駅から徒歩10分弱、迎賓館の名に相応しい立派で優雅な表門が見えてきます。

 

入口は塀に沿って右側に行って左折すると直ぐです。

予約なしでも入館料1500円で入れます。ただし国賓対応等で休館もありますのでHPで確認してください。

 

 

 

まず、迎賓館の内部からの見学です。どこを観ても筆舌に尽くし難いくらい綺麗、豪華で美しい!!!

 

残念ながら内部は撮影禁止ですが2024年の開館50周年記念で期間限定で撮れた写真を掲載します。

かっては舞踏会が開かれた「朝日の間」。

 

 

 

国賓を招いてのディナー等が開かれる「花鳥の間」で、最も格式の高い部屋です。

日本の伝統工芸技術がここぞとばかりふんだんに使われています。

 

 

 

「東京の元赤坂にある現在の迎賓館の建物は、東宮御所として1909年(明治42年)に建設された。鹿鳴館などを設計したお雇い外国人建築家ジョサイア・コンドルの弟子にあたる宮廷建築家片山東熊の設計により、元紀州藩の屋敷跡に建てられた。しかしそのネオ・バロック様式の外観があまりにも華美に過ぎたことや、住居としての使い勝手が必ずしも良くなかったことから、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)がこの御所を使用することはほとんどなかった。嘉仁親王が天皇に即位した後は離宮として扱われることとなり、その名称も赤坂離宮と改められた。

その大正天皇の皇子・皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)との婚儀が1924年(大正13年)成ると、その後の数年間、赤坂離宮は再び東宮御所としてこの一家の住居となったが、裕仁親王が天皇に即位した後は離宮として使用されることも稀になった。終戦時には高松宮宣仁親王が昭和天皇に、皇居を出て赤坂離宮へ移り住むことを提案したが、天皇は使い勝手が悪く経費がかさむとして拒否している。」

 

通常は写真が撮れないのが残念です。ぜひ、撮影の機会を作って頂きたいと思います。

 

建物の裏側を見学します。オーダー(列柱)が美しいです。

 

国宝の噴水!

 

いよいよ表側を見学します。

 

 

ベルサイユやルーブル、バッキンガム宮殿を手本にしたというが、けっして見劣りはしていません。

 

玄関正面の「菊の紋章」が入った扉。国賓クラスの方々のみここから入いられます。

 

全景。24mmレンズでも全体は撮れないので、3枚の合成写真です。

 

第二次世界大戦後、赤坂離宮の敷地や建物は皇室から国に移管され、国立国会図書館(1948–61年)、法務庁法制意見長官(1948–60年)、裁判官弾劾裁判所(1948–70年)、内閣憲法調査会(1956-60年)、東京オリンピック組織委員会(1961–65年)などに使用された。

その後国際関係が緊密化して外国の賓客を迎えることが多くなり、またそれまで迎賓館として使用していた東京都港区白金台旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)は手狭で随行員が同宿できないといった支障があったため、1962年(昭和37年)に当時の池田勇人首相の発意によって新たに迎賓施設を整備する方針が閣議決定された。

これを受けて、池田とその後任の佐藤栄作首相の在任時に政府部内で検討を重ねた結果、旧赤坂離宮を改修してこれを迎賓施設とすることが、1967年(昭和42年)に決定された。こうして5年の歳月と108億円(工費101億円、内装費7億円)をかけて、本館は村野藤吾、和風別館は谷口吉郎の設計協力により、1974年(昭和49年)3月に、迎賓館が完成した。新装なった迎賓館に迎えた最初の国賓は、現職のアメリカ合衆国大統領として初来日したジェラルド・フォードだった。

2006年(平成18年)から2008年(平成20年)にかけて、大規模な改修工事が行われている。

2009年(平成21年)12月8日、旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)として国宝に指定、明治以降の文化財としては初の国宝となった。」Wikipediaより。

 

内部は勿論豪華ではあるが、ベルサイユ宮殿のようにゴテゴテして、これでもかという押しつけがましい豪華さではない。日本の皇室にも感じる、控えめで節度があり、それでいて他国にも退け取らず、堂々とした、そんな好ましい感じがする宮殿です。

 

加えて、さすがに現役の迎賓館である。チリひとつどころかホコリも少しもない。すみずみまで手入れが行き届いて、気持ちよい。

 

今回の見学をとおして、このようなすばらしい迎賓館で外国からの貴賓をもてなすことができることを知り、日本人としてとても誇らしく思いました。日本人には一度は観て欲しい近代建築で唯一の「国宝」です。

 

レンズはタムロンAF24mm/F2.8、カメラはα7RM3です。

毎年定点観測のようにここを訪れ、紫陽花のその年の咲き具合を確認しています。小雨の紫陽花をねらってましたが、近所では色褪せてきたので、あわてて16日(火)に行って来ました。

 

平日午前で空いていると思いきや、やや人が多い。

 
咲き具合が一番判りやすい本堂左手、今まさにまだ見頃ですね。

 

むしろ例年よりも色づきが濃いようです。

 

鐘楼の周りもみっちり咲いています。

 

北側の斜面はまだまだ見頃が続きそう。

 

この辺りが一番見頃。

 

 

ガクアジサイが好きです・・・。

 

淡い色は撮るのが難しい・・・。

 

 

寺の外壁越しの北斜面。

 

寺の外で見つけました。綺麗ですねぇ、新種でしょうか?

 

 

前日は雨でもう少ししっとりと瑞々しい紫陽花が撮りたかったのですが、この日は朝から日差しが強すぎました。そのせいでコントラストの強い写真になってしまいました。

 

レンズはZeiss Jena MC Pancolar 50mm/F1.8、カメラはA7RM3です。

花撮りにはいつもLeica Summicron R-50mm/F2を使ってますが、久しぶりにZeissを使ってみました。こいつも色乗りはLeicaに負けてませんね、さすがのZeiss、あらためて感心しました。

花菖蒲と紫陽花が見頃とのことで、三渓園に行ってきました、6月5日。

なんと久しぶりとおもったら、2019年以来でした。

 

正門から入るとすぐのところに花菖蒲が咲いています。
遠くに見えるのは原三渓の自宅の「鶴翔閣」。1902年築ですが消失、2000年に修復(レプリカ)されました。
 
花菖蒲、綺麗ですね。
 
三重塔と花菖蒲、映えますね。
 
 
三重塔の丘には裏から登れます。
「この旧燈明寺三重塔は1457年(室町時代の康正3年)に建てられた、園内の建造物の中で最も古い建物。1914年(大正3年)に、現在の京都・木津川市の燈明寺から三溪園へ移築され、小高い丘に建てられたその姿は三溪園を象徴する存在となっています。」三渓園HPより。
 
美しい出世観音。
 
春草盧、銀杏の季節の名所です。
 
紫陽花も綺麗です。
 
 
 
「聴秋閣、私のイチオシです。
「徳川家光の上洛に際し、1623年(元和9年)に二条城内に建てられ、のちに家光の乳母であった春日局に与えられた」と嫁ぎ先の稲葉家の江戸屋敷に伝えられ、「三笠閣」と呼ばれていました。

1922年(大正11年)に三溪園に移築される際に原三溪はその名を「聴秋閣」と改め、周辺を秋に紅葉を楽しむ風情としました。また、聴秋閣の移築をもって三溪園は完成となりました。」

 

「臨春閣」、三渓園の顔。横浜とは思えない佇まいですね。

「江戸時代はじめの1649年(慶安2年)に、現在の和歌山県岩出市の紀ノ川沿いに建てられた紀州徳川家の別荘「巌出御殿」と考えられた建物。その後、大阪市此花区春日出新田に移されていたものを1906年(明治39年)に原三溪が譲り受け、11年をかけて念入りに配置を吟味し、1917年(大正6年)に移築が完了しました。 内部は元の状態が残され、狩野派を中心とする障壁画と繊細・優美な数寄屋風書院造りの意匠を各所に見ることができます。 池に面して3つの棟を奥にずらしながら連結させた、この臨春閣の姿は内苑の景観の中心となるもので、三溪園が「東の桂離宮」と称される所以となっています。」

 

 

「三溪園は、生糸貿易で巨万の富を築いた実業家・原三溪(本名:富太郎)によって造られた、120年以上の歴史を持つ日本庭園です。 [1, 2]

🏛️ 歴史の歩み

  • 1902年(明治35年):原三溪が自邸の「鶴翔閣(かくしょうかく)」を建て、造園をスタートしました。
  • 1906年(明治39年):現在の「外苑」にあたるエリアを、一般市民へ無料開放しました。
  • 1922年(大正11年):「聴秋閣(ちょうしゅうかく)」の移築をもって、約20年かけた造園が完成しました。
  • 1953年(昭和28年):戦火による被害を経て、原家から横浜市へ譲渡・寄付されました。
  • 2007年(平成19年):庭園全域が国の名勝に指定されました。 [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7]

🎨 文化サロンとしての役割

創設者の原三溪は、新進気鋭の芸術家を物心両面で支えたパトロンでもありました。園内の鶴翔閣には、横山大観や前田青邨、下村観山といった日本画の巨匠たちが滞在し、数々の名作を生み出しました。また、インドの詩人タゴールも滞在するなど、国際的な文化交流の場としても機能していました。 [1, 2]

🏯 移築された古建築の秘密 [1]

園内にある17棟の古建築は、すべて原三溪が京都や鎌倉などから買い取り、移築したものです。 [1, 2]

  • 園内最古の建造物である「旧燈明寺三重塔(室町時代)」は、京都から移築されました。
  • 豊臣秀吉が建てた「旧天瑞寺寿塔覆堂」や、徳川家光ゆかりの「聴秋閣」など、重要文化財10棟が含まれます。 [1, 2, 3]

 

自費で廃仏毀釈などで売りにでた名建築を購入・移築し、120年前の明治39年には公園として公開するとはなんとも太っ腹で先見の明があった人です。今の成金も少しは見習って欲しいね。

 

ここは平日は意外とすいていて、日本の四季が堪能できるよいところです。また、秋に訪れたいと思います。

 

カメラはSONY A7RM3、レンズはLeitz Summicron R50mm/F2。

 

未だ5月だというのに暑いですねー。そんな時にピッタリの水族館に久々に行って来ました、5月15日。

品川アクアパーク、ここは品川駅から歩いて10分という便利で手軽?な水族館です。

 

まずは人気のイルカショー。

 

バッチリ撮れました! 奇跡的!!

 

 

 

 

 

 
次の見ものはワンダーチューブ、長さ20mの海中トンネル。
 
ノコギリエイ?
 
マンタ。なんか可愛いね。
 
 
ペンギンもいます!
 
カワウソもいます。しぐさがネコ?みたい。
 
ポニョ?
 
チンアナゴ!
 
開高健の「オーパ」に出でくるピラルクー、1.5から2m巨大!
 
ピラニア。獰猛だが食べると意外と美味しいらしい。
 
娘に突然誘われて、重い腰を上げ久々に水族館に来ました。前回は16年前の江の島水族館でした。江の島は遠いがここなら、駅近で我が家から気軽に来れます。平日午後で意外と空いてました。
こんな近くに立派な水族館があるとは知りませんでした。調べてみると昔はスケートリンクやボウリング場があったところなんですね。中高生の位の時に多分来たことがありました。
 
たまには水族館もいいですね、次は葛西にでも行きたいです。
 
ショーの飛ぶイルカが上手く撮れるか不安でしたが、カメラ任せのオートフォーカスでなんとかなりました。動きが速くて追うのが大変でした。これではとても鳥は無理ですね。
 
SONY A7RM3+タムロン 70-300/mmF4.5-6.5, 24mm/F2.8