今日は1922年・大正11年に竣工の鎌倉の隠れた名邸、 旧犬塚勝太郎別邸を紹介します。(5月12日撮影)

鎌倉でも大正時代、しかも関東大震災(大正12年)前の建物はかなり珍しい。洒落た概観、厳めしさはない。ドイツ人の設計によるというが詳細は不明。
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入り口。どちらかというとスパニッシュかな?
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犬塚 勝太郎(いぬづか かつたろう、1868年3月27日慶応4年3月4日) - 1949年7月2日)は、日本の内務逓信官僚政治家府県知事衆議院議員貴族院議員錦鶏間祗候。」Wikipediaより

内部は大きく手を入れられていて、石窯ガーデンテラスというカフェ・レストランになっている。
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竣工当時のものと思われる暖炉。
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大正ロマンあふれるステンドグラス。明治末にステンドグラスの国産化がなり、大正時代になると一般(といってもかなりなお大尽のお家)に使われるようになった。
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階段の親柱はアール・デコ調。
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踊り場のステンドグラス。二階は非公開。
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外のテラス席。ここで焼いたパンとコーヒーを頂く。バツグンに美味しかった。
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イングリッシュ・ガーデン。花の季節は綺麗でしょうね。
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重なり合う屋根が特徴的で、モダンな外観は原型を留めているようだ。一部しか見られないのが残念。
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この邸は「鎌倉五山」のひとつの浄妙寺(1188年創建)の本堂の裏手を登ったところにある。
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洋館へは由緒正しきお寺の山門から入る。最初はこんなところに?と思った。
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風格のある大塚邸の門。(通常は通行不可)
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この邸ができた当時、主人は54歳。生まれた慶応4年は明治元年、仙台藩出で青森県知事、大阪府知事を歴任し、貴族議員を務めたのだから相当な人物だったのだろう。1896年6月より7か月間欧米の鉄道事情を視察しているので、この時の経験でこのようなお洒落で趣味の良い洋館を建てたの知れない。

年に一回でも内部を詳細に公開してくれると嬉しいが、これからも残して欲しい鎌倉の名邸です。