8月のはじめ頃に和歌山へ行った。後日、私はその動機を「単純且つ残酷な好奇心から」と書いた。そしてこの「好奇心」に出会ったのは、大学入学初年度であったと思う。とある教授の講義、否彼の歌声を聴いたその時に芽生えたと言って良い。
ーおどま勧進勧進
あん人達や よか衆
よか衆 よか帯 よか着物ー
彼の声帯が震えるその“音”に魅了された。歌の内容はその後に認知した。私のあらゆる好奇心には彼の声帯が奏でた音が流れている。
以上の事は、人目に見れば和歌山行きと関係がない。しかし私は私の語りきれない内部に於いてそれらが強固に繋がっている。
和歌山から帰った後、本棚の色が変わった。
同時期に新大久保に興味を持った。
そしてまた同時期に新宿に興味を持った。
あまりにも土壌が違った。そして「残酷な好奇」の目は「羨望」の眼差しへとすり代わり始めていた。それを自覚的に感知し、私は寧ろ唐十郎の方に共感をしている自己を見出だした。そういう自画像を今書いている。
私の無知は更に磨きをかけて私の眼前に現れ出た。そういう思いの中で、日々の生活が再解釈される。人々が再解釈される。つい昨日まで知っていると思っていたものたちを、今日は知らない。知らないと言い切れてしまう。そして全部が嘘に見えた。虚像を信じていた自分が既に着々と過去になっている。私はその人さえ、もう知らない。
私は自ら蜘蛛の巣から弾け飛んだ虫のようだった。手や足はそのネバネバした巣の糸に絡め取られたままに置いてきた。拘束するなにものもない。しかし私は身動きが取れない。
結局私は、上から垂れてくる糸を待っているのか?それとも残されたこの頭と口で、血を吐くように叫びを上げるのか?それとも、このまま誰にも気付かれない所で行き途絶えるのだろうか。
知ってくれという強く熱い願望の直後に、知ってくれるな、知られてたまるかという思いに駆られる。書くというこの行為自体が背負っている塊を見たような気がした。これともっと話がしたい。