「愛されたい」
今までどうして素直にこう思うことができなかったんだろう。
例えば、友達を許せない自分、そんな小さな自分を受け入れきれないでいる自分、考えすぎてもしょうがないと冷めたふりする自分、とっくに気にしてなかったよと大人ぶる自分。
いろんな自分がいて、どれが本当の自分か分かりませんでした。
でも、なんていうか、生きていかなければいけないから、、、やっぱり人から見て見た目が良く見える自分を演じてしまっていた。本当の自分でいたら、生きるのがもっと難しくなると思ってた。
でも、うまくやってもうまい流れになるわけじゃない。
私だって好きでそうしてるわけじゃないのに、無理してるのに、なんでこうなっちゃうんだろ。。。
好きでやってるわけじゃないのに否定されたりすると頭にくるし落ち込むし。。。
どんどんどんどん演じていって、よかれと思ってやってても、自分のこと見えなくなるだけで、でもそのことに全然気づかなかった。
「ありのまま」の自分に全然自信がないから演じてばかりで、演じることが出来る自分がすごいとさえ思って、本音を出さない自分がカッコいいみたいになっちゃってて、間違えてることに全く気づかなかった。しかも、スピリチュアルな本とかもたくさん読むから知識ばっかりついちゃって耳年増になっちゃって、頑張って報われなくても人から悪く言われても私は私のこと愛してるから大丈夫♪みたいになっちゃってて……。
だからうまくいかないんだよね。
これで客観的にうまくいっちゃうと、間違ったまま突き進んでさらに自分殺しをエスカレートさせちゃうもんね。
自分のこと大事にしようって決めてから、深くに埋まって見えなくなった自分を掘って掘って探して探して、泥だらけで息絶え絶えの冷え切った自分が見つかりました。泥だらけのボロボロになった手で一生懸命抱きしめたとき、
「わたし、愛されたい」
っていう言葉が自然と浮かびました。
そのとき、何かが変わった気がしました。
細胞が目覚めたというか。ビリビリっとして、何度も何度も言いました。
「愛されたい」
「愛されたい」
「愛されたい」
「愛されたい」
「愛されたい」
愛されたいなんておこがましいって心のどこかで思ってました。
自分で自分のこと分かってれば大丈夫!って思ってました。
そしたら自然と、涙が溢れてきました。
あー、私、愛されたいんだなー
なんか情けないな、気付いてなかっただけで、意地張りまくってたんだなあ
物分かりいいふりしてさあ
もちろん、意地くらい張らないとやっていけないような時もあったけど
でも、でもとりあえず、、、愛されたい
それは自分にも、そして周りにも愛されたい
そうか、愛されたいって思っていいんだ
他人から愛されたいって思っていいんだ
世の中には自分を嫌いな人もいる
それは分かってる
世の中には自分を嫌いな人がいる
でも、それがすべてではない
愛されたい、でもたまに、自分のことを嫌いな人もいる、その程度
究極はその人も自分に愛を教えてくれるから愛の存在(そこまではまだ無理だけど)
わたし、愛されたい!!!
そう思ってから、自分で自分を愛することがスムーズになりました。