住まいの氏神様、というわけではないかもしれないけど、愛宕神社へよく行きます。
ここ2、3ヶ月くらい、すっごい精神的に疲れてドロドロしていました。
職場の人間関係、親子関係、将来のこと…。
考え方も攻撃的になっていたし、正直、とても「感謝の心」だけを持って神社に行ける状態ではありませんでした。
でも、神社へは感謝をしに行くべき。
この「べき」でいつものごとくさらに自分を追い詰めていました。
ありがとうという心を持つべき。
それを伝えに行くべき。
そうしないと感謝を忘れてしまう。
あるときとあるブログで、神様にありったけの願い事をぶつけてきて、そうしたらそれが叶ったという感じの内容の話を読みました。
そうか、それは一理あるな…
そう思い、私も早速神様にそうお伝えしました。
本当はこんなに困ってる。あの人にこう思われているのはもう嫌だ。もう関わりたくない!このまま終わりたくない!感謝の気持ちがあるのは本当なんだけど、でも、現実はこんなに辛いと感じているのも正直な気持ちです。こんな醜いところをお見せして本当に申し訳ありません。だけど、これが本当の私です。
そうしたら、少しずつ、だけど確実に、現実が変わってきたんです。
それで先週、お酒を持ってお礼に行きました。
感謝の気持ちを述べてきました。
「何かあったから感謝する。それは違う」
という思い込みが私にはあって、だから何かを求めることはいけないような気がしていました。
だけど、私のお話しを聞いてくださったんだと思うとそれそのものもとても嬉しくて感動しました。
そして昨日、また少しずつ変化している現実について感謝を伝え、そして、あんなにドロドロだった私を受け入れてくださってありがとうございます、とお伝えしました。
本殿とは別のお社に、恋愛成就・子宝祈願の神様として木花咲耶姫様が祀られています。
私は個人的に木花咲耶姫様の神話が好きです。
なので木花咲耶姫様にお参りするときは、憧れというかお話ししたいな〜みたいな気持ちを持ってお参りしているのですが、この日、お言葉を頂いたような気がしたのです。
「清らかに美しくいきなさい。
疲れたときは、心に桜の花を映しなさい。
そうすれば、やさしい心持ちになるから」
そう聞こえた(流れてきた?)気がしました。
疲れて、考え方が攻撃的になりカスカスになった自分に嫌気がさしていたこともあったので、この言葉の持つ意味というか木花咲耶姫様のお気持ち?を思うと本当に嬉しかったです。
そして、心に桜の花を思い浮かべると、穏やかに笑える自分がいました。
