「ただ感謝する」について
「感謝のエネルギーは素晴らしい」
私もそう思います。
感謝の気持ちでいっぱいのときって、自分でも自分のことキレイだなって思う
表情が美人になる
しかしながら。
私、「理由もなく感謝する」って
どこか怠慢のような気がして(爆)できなかったんです。。。
なんか「よくわかんないけどとりあえずありがとう」みたいな。
私もそんなの言われたら嫌だし。。
だから感謝する理由を探して、考え込んでなかなか見つからなくて、だけど「感謝しなくては」ってなって、アレ?
どうでもいいことをたくさん考えてしまいます。
真面目な私にとってはどうでもよくないんです。
「感謝の想い」って、あくまで結果であって目的ではないと思うのですが、考えすぎでしょうか。
でも、普通に生きていること、これはもう感謝しかないですね。
アレ?自己完結。
次の瞬間に死ぬ可能性はいくらでもある。
隕石、自然災害、強盗……
だけどいつも生きてる。
「生きたい」のは本能。
「死にたい」は願望。
「生きることが出来てる」のは意思、ではない。
これが「生かされてる」…‼︎

たくさんの奇跡が重なって、今、生きてる。
何に悩んでたんだろ?
笑
常に生きてるのだから、常に感謝ですね笑
言葉にすると頭が整理されますね。
「生かされていることに全身全霊で感謝」
「ありのままの私でいいし、この人生と運命でいいのだと信じる」
ありのままの私を肯定して、信じる感謝する
私、「ありのままを肯定する」って、
どこか怠慢のような気がして(爆)
出来なかったんです
爆笑
成長を止めてしまう気がして。
だけど不思議なことに、ありのままの私を大好きになると、さらに前に進めるんです。
何故なんでしょうか。
“〇〇しなくては”とか、“こうあるべき”っていうのは歩を止めてしまいますね。
何故なんでしょうか。
恐怖心?があるから?
楽しくはないからでしょうか?
「成長」と「楽しい」がイコールではないと思っていた私にとって、楽しく成長できるってびっくりな話でした。
何をもって「成長」というのか、というところにもよると思いますが。。。
今までの私は、出来ないことが出来るようになったり、自分の未熟さを受け入れて気持ちを戒めさらなる高みへいくことが「成長」でした。
しかし心が折れて停滞し、そんな自分を責めていました。いつしか責めることもやめ、「成長」なんてもはやどうでもよくなっていました。
自分を見失い、感謝が大事という上部の部分だけをかろうじて握りしめながら、それが出来ない自分を浅はかで未熟で汚いくだらない人間だと思っていた。
よくそこまで自分を落として…さぞかし辛かったことでしょう。
だけど、ありのままでいることが悪業ではないと気付くことが出来ました。
停滞していた私は、成長を諦めて落ちぶれたのではなく、
なんと「ただ疲れていた」だけでした。
心には不安と自分への不信感が詰め込まれていて、ほんの隙間に生まれる「幸福感」には「罪悪感」が塗りつけられていました。
休むことにすら罪悪感がありました。
そんな状況でしたから、
「生まれたことに感謝」なんて無理で、当然「生きてることに感謝」とか出来ません。
もしも今、そう感じている方がいたら、どうにかして休んでください。それは“辛い”はずのことなんです。平気になる必要なんてないんです。
休んで、少しずつだけど自分の願望を満たして、自然
に触れていると、少しずつ少しずつ自分の心の傷と向き合うことができて、その傷のために自分のために涙を流せるようになって、悲しかったし本当は苦しいということを認めて慰めてあげていいんだって解り、心をほどくことが出来ました。
世の中には自分よりも大変な人もいるんだから、苦しいなんて考えちゃいけない!って思ってました。
具体的には…
罪悪感を持たずに寝る(15時間とか)、
忙しくても罪悪感を持たずに定時で帰る、
罪悪感を持たずにダラダラ過ごす、
罪悪感を持たずに温泉へ行く etc…
しつこいですが私には“罪悪感を持たずに”がポイントでした。
すぐに「ダメ人間」って自分を責めるので笑
※すべて頭に「罪悪感を持たずに」が付きます。
ポテトチップスをたらふく食べる、
絵を描く、
温泉へ行く、
仕事中やたらとExcelでチェックシートをつくる、
夜更かしする、
大声で歌を歌う、
スピリチュアル系のセミナーに参加する、
「必要な」ではなく「好きな」モノを買う、
「必要な」モノを買うときに値段で「好きな」ものをやたらと諦めない、
嫌なことはやらない etc…
「お金をつかう」ことへの罪悪感と恐怖心が大きかったので、あえて自分のために遣いました。
自然のある場所、とくに空気の綺麗な場所が癒されました。森林浴というか。
お花を活ける、
植物を育てる、
海水浴 etc…
そうして、
時間はかかりましたが、自分を肯定し、信じることも出来るようになりました。
もしかすると、私が思ってるより出来てないかもしれないけれど、それでも「ただ信じる」「ただ感謝する」を理解できたことは、私にとって大きな成長です。
自分を呪い、親より一日だけ長生きすればいいとさえ思って人生に何の執着もなかった私が、「感謝すべき」ではなく「ただ感謝する」をしながら生きられるようになりました
こういう心持ちになれたことに、心から感謝します
私の中だけで解決した訳ではなくて、たくさんの本やブログを拝読させて頂きました。神社にもたくさんお参りさせて頂きました。本を買ったり、神社へ行くお金も時間もありました。心が擦り切れるような体験がありました。理解しようとしてくれる人がいました。理解を示してくれない人がいました。私が人を傷つけたこともありました。
たくさんの方のおかげです。
すべて必要なことでした。
ありがとうございます
読んでくださった方、ありがとうございます
生まれてきてくれてありがとうございます
