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ハイブリッドカー (hybrid car) は、異なる2つ以上の動力源を持つ車両 (car) である。日本ではしばしば狭義にハイブリッド電気自動車の意味で使用される。複合型自動車ともいう。

第1次世界大戦を経て機械駆動系の信頼性向上とコストダウンが進展し、フォード・モデルTの登場によるガソリン車の急激な普及により市場から消えていった。

20世紀後半の1980年代になると導電性プラスチックポリアセチレンの発見に端を発する高性能なリチウムイオン二次電池や、小型で強力なモーターを可能にするネオジム磁石が相次いで日本で開発され、電気自動車に必要な技術が急速に発展した。

20世紀末からガソリンエンジンと蓄電池を搭載したハイブリッドカーが主に日本と北米で販売された。エンジンによる発電に加え回生ブレーキを併用し、主に低速時に電力を用いて走行することで内燃機関単独で走行するのに比べ燃費を向上させたものである。

2000年代後半になるとコンセントから充電できるプラグインハイブリッドカーが中国や日本で販売された。2008年の北京モーターショーでは中国メーカーがプラグインハイブリッドカーを発表し、2010年のジュネーブモーターショーでは欧米メーカーが相次いでハイブリッドカーを発表した。
トヨタ自動車が1997年プリウスを販売を開始して一気にハイブリットカーは世界に普及した。当時、トヨタは生産コスト面から赤字で初代プリうすを販売し続けて、プリウスの名声を上げ世界的にハイブリットカーの先駆者の位置を得た。


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1973年(昭和48年)に石川県七尾市の水産加工メーカーであるスギヨが、着色・着香した蒲鉾を細く裁断した商品である「珍味かまぼこ・かにあし」を発売したのが最初である。

スギヨの三代目社長杉野芳人が、コンブから取れるアルギン酸で人工クラゲを作ろうとしていたところ、その失敗作がカニの食感に似ていることに気づき、人工カニ肉の製作を思いつく(アルギン酸ナトリウムの溶液はカルシウム溶液に入れると凝固する性質があり、人造イクラも同じ製法で作られている)。試行錯誤の末、「珍味かまぼこ・かにあし」を開発し発売したものの、「インチキだ」などとスギヨに苦情が寄せられた。しかし、杉野はこの消費者の声を逆手にとり「カニのようでカニでない」とのキャッチコピーで、あくまでも「アイディア商品」として全国に広告宣伝活動と販売を行った。

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1863年(文久3年)、江戸幕府の横浜鎖港談判使節団随行員の三宅秀が、船中でインド人が食事する様子を見て「飯の上へ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻き回して手づかみで食す。至って汚き人物の物なり」と日誌に記している。

カレーライスの日本国内への普及に関して、旧陸海軍の果たした役割は非常に大きい。今日では特に海軍カレーの知名度が高いが、実際には陸軍の糧食であった「ライスカレー(太平洋戦争中は辛味入汁掛飯と呼ばれた)」の影響のほうが大きかったとされる。これは陸軍は海軍よりも圧倒的に定員数が多かったことと、海軍では専任の調理人(主計兵)が調理を担当していたのに対し、陸軍では全ての兵員が交代で調理に携わったことがその理由である。兵役を終えて除隊した兵士達は、軍隊生活で慣れ親しんだカレーを郷里の家庭などで作り振舞った。明治時代に始まった徴兵制によって、昭和の初めには日本人男子のほとんどがカレーライスの味とレシピを知ることとなり、家庭や飲食店においても定番メニューとして定着していったのである。

カレーは調理が簡便で合理的な料理であり、肉と野菜がバランスよく摂れて栄養に優れるため、海軍では土曜の昼食はカレーライスと決まっていた。この慣習は海上自衛隊にも引き継がれた。長期航海中に曜日の感覚を取り戻すためだとも、休日前に食料庫の整理をするためだとも言われている。週休2日制となってからは、土曜日が金曜日に変更されつつ、今なおすべての部署でカレーライスを食べ、艦艇・部隊相互で味を競い合っており、行事の際に来賓に振舞われるほか、公式サイトなどを通じて一般へのレシピ公開も行われている。近年は、かつて軍港のあった町の名前を冠した「海軍カレー」がレトルト食品や缶詰製品としても発売されている。