【 #54 Before the storm of the universe / Nov.16.0087】

「連中、何かを待っている……それとも、探している?」
EFMP第1部隊の母艦”シラウメ”のブリッジで、バギー・ブッシュ中尉が言う。
反乱を起こした第2部隊との交戦を中断したのは、連中が”サクラ”の艦内で拘束した親ティターンズ派の兵士を、カーゴに乗せて放流したせいた。カーゴを回収しているうちに、距離を取られた。月あたりに向かって逃げるのかと思ったが、再びサイド5の宙域内に侵入していった。
「サイド5内にいるキョウ・ミヤギを、回収しないことはないだろうからな。」
ティターンズのケイン・マーキュリー少佐が"シラウメ"の艦長席に深く腰掛けて言う。対MS戦になれば、ケインの部隊のマゼランよりも戦力になるとみなされ、"シラウメ"はティターンズに接収されている。マゼランは、少し離れたところから、油断なく"サクラ"の動向を監視し、進入予想エリアに砲塔を向けていた。

中立コロニーのサイド5内の宙域内では、戦闘行為ができない。ケインはそのルールをバカ正直に守るつもりだ。先ほどのバギーの威嚇と戦闘行為も、きつく叱ってきた。
(この非常時に。)
バギーは、心中で毒付いた。ティターンズならば、くだらない見世物のプログラム変更などより、こう言うところでこそ無理を通して見せればいいのだ。
「"イーグルス"は日和見ですか。」
バギーは、ケインへの軽蔑を隠して、窓の外を見る。連邦正規軍の部隊ーーサイド5周辺の哨戒部隊"イーグルス"は、ブライトマンとも親しい部隊だ。状況が分からないと言って、警戒だけして戦力は寄越さない。逆に、宙域内で戦闘を行うなと警告をしてきている。
宙域内は、反乱部隊がばら撒いたミノフスキー粒子にまみれ、敵の動向もぼんやりとしかわからない。その中を、動転したサイド5政府の哨戒艇やプチモビがうろついている。初手の遅れのせいで、無理な戦闘が難しくなった。
ケインはイライラしているようだが、何も言わない。聞けば、実践経験もないらしい。どうしたらいいのか分からないのだろう。
「我々も予備機を出します。まずは、少佐の部隊と我々で、宙域ぎりぎりに展開しましょう。」
「サイド5にもレーザー通信を。」
ようやく、ケインが言葉を発した。
「"ブルーウイング"にも武装をして出させろ。もしキョウ・ミヤギが寝返っても、彼らには銃は向けられまい。」
クズめ、と、バギーは再び胸の内で吐き捨てる。
こういう発想には、頭が回るのか。こんな男が、まがいなりにも艦を任され、指揮官をやっているのだ。ティターンズの時代は、やはり長くは続かないのかもしれない。バギーは密かに考えながら、ブリッジを出た。
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『思ったとおりというか、思った以上に相手がバカで、助かりましたね。』
"リボー"から出てきたカーゴを回収すると、"キッド"の明るい声が通信機から聞こえた。
「元気そうで良かったよ。」
ヘント・ミューラーは"キッド"に応えながら、先ほどの発言に内心同意した。もしかすると、サイド5の中立のルールを、ティターンズのいつもの横暴さで無視し、仕掛けてくるかもしれないと思ったのだ。現体制では、こちらの方が叛逆者だ。中立コロニーの平穏を守るため、宇宙の治安の守護者たるティターンズが、ルールに介入する余地は十分にあったはずだ。
ふとモニターに、ゆっくりと近づいてくる見慣れない機体を見た。キャバルリーの手を差し伸べ、着艦を補助する。見慣れないが、キョウ・ミヤギが乗っていることは、その気配で分かった。
「"ガンダム"……?」
『そうです、キョウ専用ガンダム、その名も"ガンダム・ヴァルキュリア"!』
接触回線の通話から、チタ・ハヤミの得意げな声がクリアに響く。どうやらコクピット内にいるらしい。
『頭と、ランドセルを取り替えただけですよ。』
補足するミヤギの声は落ち着いている。正面のモニターに、ヴァルキュリアのハッチが開く様子が映った。開いたハッチからチタが、するりと滑走路に向かって降りていく。
『気を付けてね。』
最後に、ミヤギに向かって言う、チタの声が聞こえた。
『滑走路上でも推進剤の補給くらいはできますね!?』
”キッド”も早速動き出しているらしい。
『役者は揃ったな。』
ブライトマンから全隊に通信が入る。
『エゥーゴのランス・ペンドラゴンから通信があった。先ほど共有したデータの、合流予定ポイントに艦を進める。』

ヘントは、資料のデータをミヤギの機体にも送る。
こちらの戦力は、キャバルリーが3機に、ミヤギのガンダム。エゥーゴが合流すれば、サラミスが1隻と、リック・ディアスが3機掩護にくるはずだ。
(ティターンズは、模擬戦に出てきたハイザック・カスタムに、警備でうろついていた新型が2機。シュトゥルム・ザックは3機、おそらく予備機のジムⅡ3機も出る……。)
そして、マゼランと”シラウメ”。対MS戦には向かないが、マゼランの火力は脅威だ。”サクラ”に集中砲火が向けばこちらが不利になる。”イーグルス”の9機が静観を決め込んでいるのは、せめてもの救いだ。これが加われば、まず突破は不可能だ。そして、乱入事件の黒い機体。もしあんな物まで出てきたら、と思うが、これはもう出てこないことに賭けるしかない。出てきたとしても、ティターンズとも敵対するはずだ。
「嫌なことを聞くぞ。」
ヘントはミヤギに通信を送る。
『”ブルーウイング”ですか。』
質問する前に、ミヤギが察した。
「そうだ。ティターンズに味方する可能性はあるか。」
『分かりません。昨日までなら、迷いなくティターンズに付くでしょうが。」
司令の二コラ少佐は、見栄っ張りで小心者、その上権威に弱い。だが、嗅覚が効くのだ。今日のシャアの演説。あれが情勢を覆す力があることは嗅ぎ取っているはずだ。
「あのティターンズの少佐なら、君への当て馬に"ブルーウイング"を、と、考えそうな気がする。」
『今の戦力差では、殺さずに無力化できる自信はないですね。』
心配なのは、それだ。"ブルーウイング"に限らず、これから戦うかもしれない相手はつい先ほどまで同僚だった者たちなのだ。
『わたしが引き金を引けるか、心配してますね。』


またも、ミヤギが察して先回りする。
『今さら。』
こんなところまで来てしまったのだから、とミヤギは続ける。
『どこまでだって一緒に行くわ。地獄の果てまでだって。』
すまない、という言葉を飲み込む。
「そうだな、ありがとう。」
『それと、出てくるときに、ドックも少し……壊してしまったので、すぐには出られないと思います。武装の出力なども、すぐに戻せる状態ではないはずです。』
「それは、有益な情報だ。」
”ブルーウイング”が敵に加勢できないなら、まだ勝ちの目は残る。こちらとしては、生きて脱出しさえすればいいのだ。
無言で考えていると不意に、ミヤギが話し始めた。
『航空祭の襲撃で、敵のパイロットと感応を起こしました。』
北米の、ジン・サナダの時と同じです、と呟く。
「ニュータイプか。」
『ええ。それで、彼女のこと、理解してしまった。ジン・サナダを、狂気に誘ったのは、彼女。』
ミヤギは言う。
彼女は"愛"を語った。歪んでいたが、ジン・サナダへの強烈な想いを感じた。断片的に、北米での2人の感応も垣間見た気がする。彼らは、ジオンも、連邦も、地球もコロニーも関係なく、ただ、2人だけの世界を選んだのだ。
『わたしも、同じ……ジン・サナダや、あの女と。』
ついさっきまで味方だった相手を裏切り、愛する男のためだけに、戦う。自分も、あの女や、ジン・サナダと同じだ。
「違う。」
ヘントは、ミヤギの言葉を即座に否定した。
「俺も君も、感じてきたはずだ。くだらない面子のために、俺たちを見張り、抑え付け、意味のない仕事で飼い殺してきたこの世界の仕組みの、その歪さを。」
『……そういうものに、反旗を翻す戦いだと?』
「分からない。そういう仕組みの複雑さにまで、切り込めるかは別として……だが、俺たちを押さえつけるものから抜け出すには、こうするしかなかったと、今は思う。」
『やっぱり、同じじゃない。』
ミヤギが、くすりと笑う。
北米で相対した獣たちも、この世界に彼らを受け入れられる場所が無かったから、抗ったのだ。その結果が、たまたま今の世界の価値観で、悪だったに過ぎない。
愛のため、自由のため、と、信じ込んでいる自分たちの行動も、どこかの誰かから見れば、秩序を見出し、大勢に仇なす悪かもしれない。
「そうか、同じか。」
ヘントも笑う。
「まあ、いいさ。俺もさすがに辟易していたところだ。君の傍にいられるなら、何を敵にまわそうが、もう構わん。」
【 To be continued... 】