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 整備兵どもが、突如、牙をむいた。
「殺すつもりはない!」
 あの、愛嬌のある小男が指揮している。
「こ、殺さないでぇ~!」
 サイラスとか言う、黒髪眼鏡の技術者が人質のような格好になっている。芝居のようにもみえるが、本当に怯えているようにも見える。どちらでもいい。今は、生き延びねば。アランは、物陰に身を潜めながら、ミヤギのいるコンパートメントの方に向かった。
 廊下では既に、”ブルーウイング”の仲間がバリケードを設置して、防御を固めていた。
「よし、それでいい。」
仲間たちに声を掛け、アランはさらに奥へとすり抜けていく。

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 コンパートメントのドアの前では、パイロット用のノーマルスーツを着込んだチタが、その小さな体を目一杯大きく見せるような格好で立ちはだかっている。
「どけ。」
「嫌です。」
「どけ、女に手荒なことはしたくない。」
「今まで散々、あなたはキョウに手荒だった。」
「紳士的に対応してきたつもりだが。」
「その気のない相手を口説き続けて、土足で心に踏み入ろうとすることが、手荒な真似ではないとでも?」
「今はそんなことを言っているときじゃないだろうが!」
細い二の腕をぐっと掴むと、その場から押しのけ、ドアを開ける。

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案の定、中には抜群に冴えた顔色の、キョウ・ミヤギが立っていた。既に、青いノーマルスーツに身を包み、その意識を戦場に向けているように見えた。
「……ヘント・ミューラーはどこにいる。」
アランは、不意に閃き、そんなことを口にした。
「彼は……亡くなりました。」
「嘘だな。だったら君の顔色がそんなにいいはずがない。」
どういうカラクリかは分からないが、暗殺事件はブライトマンが打った芝居だったか。
「まさかと思うが、ドックに行って、機体に乗るつもりじゃあるまいな。」
「よくお分かりで。」
「バカか。」
アランは、持っていた拳銃をミヤギに向ける。
「EFMPの連中が護送中だったな。そこで反乱でも起こしているのか?エゥーゴの、シャアの演説に乗っかって?」

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 ミヤギは何も応えない。琥珀色の瞳を油断なく光らせ、アランをじっと見つめるだけだ。
「そんなことをして、どうなる?あのカスみたいな、ティターンズの少佐の包囲は抜けられるだろうが……その後はどうするんだ?」
行くな、と、言外に言っている。
「もうすぐ、白馬の王子様が迎えに来るか?だが、どうするんだ?そいつと一緒に行っても……」
エゥーゴと合流するのか?だとしても、新たな戦火に身を投じるだけだ。
「行くな、キョウ・ミヤギ。」
 言葉にならない。アランは、拳銃を構え直し、静かに、それだけ言った。

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「行きます。どいてください。」
 ようやく応えてくれたその言葉は、アランをはっきりと拒絶していた。
「駄目だ。」
「駄目です。銃を下ろして。どいてください。」
「駄目だ。行ったら、死ぬ。」
 死なせたくない。
「分かってるだろ。俺は、ホントに——お前を、死なせたくない。」
「なら、あなたは撃てない。」
静かに言う。この女、意外に、したたかだ。
「行きます。」
 歩き出そうとするミヤギの足元に、一発、威嚇で銃弾を放つ。
「本気だ。俺は、本気で君に惚れてる。惚れてる女が、むざむざ叛逆者になりに行くのは見過ごせない。」
「本気なのは、こっちだって……!」
背後からチタ・ハヤミの声。同時に、後頭部に、固い物が押し当てられる。銃か。
「手荒なことを。」
「銃を捨てて、アラン中尉。」
チタに促され、アランは持っていた銃を、床に置き、両手をあげる。
 廊下の向こうから、おお、と雄叫びが聞こえる。おそらく、仲間の守りが突破された。間もなく、猟兵と化した整備兵どもが、なだれ込んでくるだろう。
 ミヤギは、アランの足元から銃を拾うと、間近に立った。

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「ありがとう、アラン・ボーモント。あなたが、あなたなりの立場で、私を守ろうとしていたことは知っていました……。」
それは、忘れません、とだけ言うと、すっとアランの横をすり抜け、チタ・ハヤミと2人、銃声の鳴り響く廊下へと駆けだした。彼女が通ったあと、涼やかな香りが、わずかに鼻腔をくすぐった。
 華奢な背中が去った後の、開け放たれたドアを、アランはしばらく見ていたが、やがて、少年のようにしゃくりあげ、握った拳の背で、グッと涙を拭った。
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「ご無事で!」
 廊下に出ると小銃を抱えた”ジュニア”がすぐに駆け寄ってきた。
「そりゃあもう!このとおり!」
 チタがとびきり嬉しそうに応じる。こういうときも明るくいられるのは、チタの良いところだと、ミヤギは思った。肝が据わっている。だからきっと、自分とこうも相性がいいのだ。
「この先、大丈夫ですね?」
ミヤギが確認すると、”ジュニア”は、ええ、と短く返事をする。
「父と、仲間が制圧しています。」
ですが、と、続ける。
「すぐ増援が来るでしょう。さっさとずらかって、ヘントさんたちと合流を。」
駆けていくと、ドックの入り口に、懐かしい顔が見えた。
「”キッド”!」
昔と変わらない愛嬌のある笑顔で、はやく、と手招きする。
「準備はできてます、機体に、火は入ってますよ!」
”キッド”が早口に言う。”ジュニア”には、はやくカーゴに乗れ、と促した。
「どうやって準備したんです?」
「アナハイムにも、ちょっとツテがありまして……個人的に。」
「……本当に、何者ですか、あなたは。」
 ミヤギが舌を巻くと、"キッド"はニヤッと笑った。
「どれに乗ればいいかは……わかりますね?」

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 言われて見上げると、火の入っている機体——その頭部には、デュアル・アイが輝いている——
「”ガンダム”——!?」
「我々はカーゴで脱出します。掩護、お願いできますね!?」
 言って、”キッド”はカーゴに乗り込んだ。
「わたしも、いっしょに……!」
 チタが言う。一緒にコクピットに乗る、ということらしい。
 チタの手を引き、地面を蹴る。ドックの重力は切られていた。
 開け放たれたハッチから、コクピットに滑り込むと、機体データを手早く確認する。
 なんということはない、今まで使ってきたジムの頭をガンダムのものに、ランドセルをキャバルリーと同型のものに挿げ替えたただけだ。多少、推進力は増したが、性能に大きな変化はない。機体バランスがちぐはぐな分、かえって扱いづらそうな印象を受ける。だが、なんだろうか——不思議な力を感じる気がする。
(ガンダムには、魔力があるのかもしれない——。)
 かつて、砂漠の戦場で、ヘントがそんなことを言っていた。
 分かる気がする。
 頭をデュアル・アイに替えた。それによって、この場にいる味方の期待や希望が、ここに集まってくる。ミヤギはその拡張された認知力で、確かに感じ取る。その感情の波が、機体に力を与える——これは、この機体は、紛れもなく”ガンダム”だ。
『"ニュータイプ"の中尉が乗る、”ガンダム”。そいつを旗頭にして、ティターンズに一発、ぶちかまします。』
 そのために中佐と準備をしてきました、と、”キッド”の明るい声が、スピーカーから響く。

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「キョウ専用ガンダム、ね。いいじゃない。」
隣のチタも、楽しそうだ。
「”ガンダム・ヴァルキュリア”なんて、どうかしら?」
機体の呼び名のことだろう。
「いいわね、最高。」
コンソールパネルを確認しながら、ミヤギも明るく応じる。通り名は好きではないが、"戦乙女(ヴァルキュリア)"の音は、もはや馴染みのある響きで、心地の良さすら感じる。
「ライフルは使えますね?」
通信機ごし、"キッド"の、もちろん、という元気な声が返ってくる。コンソールパネルも、エネルギーゲインは十分なことを知らせている。ミヤギはガンダム・ヴァルキュリアのビームライフルをゆっくりと上げる。

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「隔壁、閉まってます!?」
『さっき、中尉が入った後にしっかり閉じましたよ!』
「よし!」

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 ライフルをハッチに向けて構えると、一撃を放って、吹き飛ばす。わあ、とチタが感嘆の声をあげた。吹き飛ばされたハッチから、真空の宇宙に向けて、ドック内の空気が勢いよく噴き出していく。ここから、機体も外に出す。
「ね、ね……!あれ、言って!あれ!」

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 はしゃぐチタの顔を見て、ミヤギは一瞬微笑むと、すぐに表情を引き締める。
「じゃあ……しっかり捕まって!」
 チタに言うと、スロットルレバーを握る。深呼吸をして、宇宙の闇に、意識を走らせる。
 向かうべき場所が、確かに、分かる。











 そして、ミヤギは息を大きく吸い込んだ。

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「キョウ・ミヤギ、ガンダム・ヴァルキュリア、行きます!!」

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【#53 The day of Dakar / Nov.16.0087 fin.】







































次回、

MS戦記異聞シャドウファントム

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#54 Before the storm of the universe

生き残ろう、みんなで——。



なんちゃって笑



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