【#53 The day of Dakar / Nov.16.0087】

「君に乗せてもらうことにして、よかったと思っている。今のままではすぐに墜とされる。」
コクピットに上るリフトの上で、金髪碧眼の美しい男は呟いた。だが、その美しい色をした瞳は、真っ黒なサングラスに隠されている。
その男の佇まいは、堂々としており、人の前に立つものであることを周囲に自然に納得させる雰囲気がある。美しいが、鋭い目つきと、額のものものしい切り傷の跡が、その男が戦士であることを示しているようだった。言葉もはっきりとしており、一見すると力と自信にあふれているように見える。だが、その男の語気に含まれる微かな不安を、先に操縦席に向かった赤毛の男は捉えたようだった。
「迷うことはないはずだ。君しか今のエゥーゴを率いる者はいないのだから。」
こちらは、対照的に、どこにでもいそうな平凡な男に見えた。声色も優しい。だが、どこか——どこが、とは言えないが——厳しい戦いを潜り抜けてきた者特有の鋭い気配を身に纏っているように感じられた。現に、今、機体を動かして戦場を飛ぼうとしているのはこの赤毛の男の方なのだ。
「自分ひとりの運命さえも、決断できない男がか。」
金髪の男が自重気味に呟く。彼は、彼を導くものの死によって、無理やり舞台にあげられたに過ぎない、と、彼自身は認識していた。これからやろうとしていることは、本来、自分の役割ではない。
「大衆は常に英雄を求めているのさ。」
大衆が求めているのは、君のような英雄ではないのか、と言う言葉を、金髪碧眼の男は飲み込んだ。
「自分に道化を演じろということか。」
「あなたに舞台が回ってきただけさ。シナリオを書き換えたわけじゃない。」
言われて、金髪の”英雄”は、コクピットシートに座るもう一人の”英雄”の名を、呻くように口にした。
「人は、変わっていくものだろう。」
赤毛の男が、諭すような口調で言う。
人が、時代を動かす。人が変わっていくと言うのなら、時代もまた、それに合わせて変わっていく。
男たちの乗る”アウドムラ”は、一路、ダカールへ——そう、時代が、今、変わろうとしている——。
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ヘント・ミューラー暗殺事件のせいで、一時中断されていたジム・スナイパーⅡの仕様変更は、割とすぐに作業が再開された。黒髪眼鏡と、愛嬌のある小男が、相変わらず難しい顔をしながら作業をしている。だが、今日はやけに急いでいるように見えた。ニコラ少佐から、司令書も見せられた。ハクシュウ大佐も認可した正式なもので、やはり、アランが以前予想した通り、新型装備の試験のための換装だった。平和な広報部隊だった"ブルーウイング"だが、そのうちティターンズ麾下の実験部隊にでもされるのだろうか。風雲急を告げる情勢に、自分たちは血なまぐさい戦いに連なる兵に変えられてしまうのかもしれない。一連の騒動によって、部隊のエースであるキョウ・ミヤギ中尉が、戦闘行為に耐えられることが証明された。"ブルーウイング"のパイロットは、操縦技術において選りすぐりの精鋭であることも間違いない。戦力になるのだ。お祭りや式典のために、文字通り遊ばせておくには惜しいはずだ。
作業中のドックを横切りながら、アラン・ボーモント中尉は、そんなことを考え、不安になる。一方で、別の暗い欲望が胸を充たすのも感じていた。いつか、妄想したことが、現実になってしまった。
ヘント・ミューラーが、死んだ。
(キョウ・ミヤギが、手に入るのか……?)
こうなったとしても、彼女が手に入ることはあり得ない、と、一度は納得したはずだ。だが、再び巡ってきたチャンスに、ハンターとして胸が高鳴るのを、止められなかった。
しかし、あれから10日。
彼女の姿を、一目たりとも見ていない。
「無理です。人に会える状態ではありません。」
間違いを起こさぬよう——つまり、後追いなどせぬよう、専属の衛生兵チタ・ハヤミ少尉が片時も離れずに傍にいる。そのチタ・ハヤミが、これまでにないほど鉄壁の守りを敷き、キョウ・ミヤギ中尉に蟻一匹寄せ付けない。
「何も取って食おうってんじゃない。チームメイトとして心配するのは当然だろうが。」
「どの口が!」
抗うチタの声も荒々しい。
「以前から取って食う気まんまんだったじゃないですか。」
厳しい口調で追い返された。次いで、チタからしがみつかれるような格好で無理やり向きを変えられる。その小さな体に背中をぐいぐい押されながらも、アランは訊ねる。
「生きてはいるんだな?」
「じゃなきゃ、わたしがこんなに元気なはずないでしょう!」
それもそうだ。この2人の日頃の"ベッタリ"は、友情を超えて、もしかして"そういう仲"なのではないかと錯覚させることも度々ある。
(取り付く島もない。)
まんまと追い返され、ドック脇のブリーフィングルームに戻ると、隊の同僚が真剣な顔でテレビを見ている。アランの方に顔を向けず、おう、と口だけで軽く挨拶をする。
「何だか変だぜ。」
画面には、どこかの市街地でのMS戦の光景が映し出されている。そして、議会風の映像とが、交互に映し出される。
「ダカール……連邦議会か?」
アランが呟く。襲撃を受けているのか。エゥーゴだろうか。考えていると、議会を閉じるな!という叫びが聞こえ、場が騒然とする様が映し出された。継いで、テレビのスピーカーから、朗々とした好い声が発せられた。
『議会の方と、このテレビを見ている連邦国国民の方には、突然の無礼を許して頂きたい。私はエゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉であります。』
やはり、エゥーゴか。何のつもりだ。連邦議会の承認を経て、正規軍と化したティターンズへの意趣返しか。画面映えする、金髪碧眼の美しい男が、好い声を張り上げている。しかし、一介の大尉ごときが、こんな大それたことをしたところで何になる。エゥーゴも、ヘント・ミューラーも、キョウ・ミヤギも、やはり狂っている。そこまでを、一瞬で考える。が、次に聞こえてきた言葉で、それらの思考はすべて吹き飛んだ。
『話の前に、もう一つ知っておいてもらいたいことがあります。私はかつてシャア・アズナブルという名で呼ばれたこともある男だ。』
「何だと!?」
アランも、一緒に中継を見ていた同僚も、驚きの声をあげた。
『私はこの場を借りて、ジオンの遺志を継ぐものとして語りたい。もちろん、ジオン公国のシャアとしてではなく、ジオン・ダイクンの子としてである。』
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武装に封印を施された”サクラ”に収容され、ラッキー・ブライトマン中佐はじめ、EFMP第2部隊第1班の面々はサイド5宙域外の仮設ドックに移送されている最中だった。皆、ブリッジに集められ、ティターンズや連邦軍の正規兵が武装して警備している。
しかし、移送されている者たちは、ブリッジのモニターに映し出された映像を見て瞳孔を開いた。
『議会の方と、このテレビを見ている連邦国国民の方には、突然の無礼を許して頂きたい。私はエゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉であります。』
モニターには、金髪碧眼の美しい男が映っている。続けて、男は自分がシャア・アズナブルであると打ち明けた。
『私はこの場を借りて、ジオンの遺志を継ぐものとして語りたい。もちろん、ジオン公国のシャアとしてではなく、ジオン・ダイクンの子としてである。』
来た——ついに。
ブライトマンは、すっと立ちあがる。
「おい、勝手に動くな!」
見張りの兵が、声を荒げる。モニターでは、シャアと名乗った男が、地球の保護の必要性を訴え、それを阻害するティターンズの横暴を、ザビ家以上の悪であると痛烈に批判している。

そして画面には、ティターンズのMSと揉みあう白いMS、”ガンダム”が映し出される。まるで、傷つき、悲鳴をあげる地球のために、虐げられるスペースノイドの叫びを代弁するために、”ガンダム”は戦っているように見えた。
(やるな、エゥーゴ……!)
ブレックスが死んだいま、誰が書いたシナリオだ?いや、誰でもいい。よくできているには違いないのだ。
疲弊した地球環境の回復のため、人類を一度地球上から追い出す。その目的はエゥーゴも、ティターンズも変わらない。ただ、エゥーゴは議会工作で、ティターンズは紛争と武力でもってそれを成し遂げようとしていた。それが今、エゥーゴも武力で議会を制圧しようとしている。これでは、エゥーゴも結局ティターンズと、同じ穴のムジナになる。だが、そのことを——こうして武力に訴える自分たちのやり方を、画面の中の"シャア・アズナブル"が詫びている。エゥーゴの演出のうまさは、こういうところだ。愚行と理解してもなお、行動を起こさざるを得なかったという切実さが、画面に映る美しい男の必死の形相からも感じられた。
ジオン・ダイクンの子……"ニュータイプ時代の申し子"とも言うべき英雄と、伝説のガンダム。この衝撃的な絵面と、地球連邦の本拠地での思い切った行動。演説の内容以上に、視覚と感覚に訴えるこの瞬間が、新時代の到来を世間に印象付ける。
(シャア、ジオンの子、スペースノイドの未来を謳い、ティターンズの横暴を現行犯で暴きだす。これなら、このタイミングなら——)
全人類に、地球から出ていけというエゥーゴの思想、その全てに、必ずしも共感できるわけではない。だが、逃げ場のないコロニーへの毒ガス攻撃の残忍さ……散々地球を痛めつけてきたコロニー落としを戦略として選ぶ非情さ……地上での核兵器の使用とそれに伴う汚染……そして、人類が文化レベルで保証してきたはずの、思想と言論の自由を弾圧するような示威行為の数々……人類史の過ちのハイライトとでも言うべき数々の悪業。ティターンズにあらずんば人にあらずと言う高笑いが聞こえるような、連中の横暴には、もはや肚に据えかねるものがあった。理解できないものを見下し、歯向かうものをねじ伏せるしか能のない連中に、一矢報いてやるべきだ。そのための力は、今の宇宙にはエゥーゴしかない。これまでの忍耐とは裏腹に、ブライトマンの動機も、蓋を開ければその程度の稚拙なものだった。
だが、人が動くには、それで十分だ。
人が動く。時代が動く。ここからは、理屈ではない。時代の波と、熱を、肌が、魂が、感じている。
「世間がひっくり返るぞ。」
詰め寄る見張りの兵に、ブライトマンは静かに言う。
「何……何だ?」
「今が、”その時”だ!」
叫んだ。
場に、緊張が走る。
警備の兵の後方、何名かが、弾けるように動き出し、小銃を放った。
「何だ!?」
動揺の声をあげる目の前の兵士を、ブライトマンは咄嗟に組伏せる。
ブリッジを囲い込んでいた見張りが、皆、足元を抱え込んで呻いている。行方をくらましていたキアヌ・ファーブル少尉と、数名の兵士が、見張りに紛れている。
「艦を奪うぞ、1班の面子以外は排除しろ!」
ブライトマンが叫ぶ。一瞬の動揺の後、ブリッジにいた面々は、オウ!と雄たけびで応えた。
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「反乱……!」
”サクラ”の護送に随伴していた、EFMP第1部隊第1班MS隊隊長バギー・ブッシュ中尉は、即座に反応した。分かっていた。逆に、いつ事を起こすのか、待っていたのだ。ブリッジごと吹き飛ばしてやろうかと思ったが、中には仲間がいる。スペースノイドどもには冷徹になれるが、仲間ごと敵を吹き飛ばすほど、非道ではない。
だが、警告はする。ビームマガトリングの銃口を向け、数発ビームをかすめて見せた後、オープン回線を飛ばす。
「ブライトマン!抵抗すればブリッジごと吹き飛ばす!」
非道ではない、と、自分に言い聞かせたが、いざとなればそうもなれる。中にいる兵も、そういう覚悟はあるはずだ。

サクラの主砲がこちらを向く。
いつのまにか、砲身の封印が剝がされている。砲塔付近をふわふわと漂う、白いノーマルスーツが見えた。
「貴様ら……!」
やはり、初めからそのつもらだった。艦のあちこちに、伏兵がいたと言うことだ。ここで反乱を起こし、艦を奪うつもりだったのだろう。準備をしていたに違いない。

バギーが叫ぶや、主砲が火を吹いた。MSには当たらない。MS戦の黎明期から、艦砲射撃は大味すぎてMSにはまず当たらないと言うのが常識だった。だが、バギーの小隊3機は咄嗟に散開して火砲をかわした。
おそらく艦内はもう制圧されている。
だが、MSは積んでいない。ヤツらの予備機は、先日の襲撃騒ぎで全て失われているし、キャバルリーは先に別の船で運び込んである。こうなったときに、敵にMSがいなければ、制圧はたやすい。MSからすれば、戦艦など巨大な的だ。ましてや、こんな旧式の試作艦など、取るに足らない。
「警告はしたぞ、ラッキー・ブライトマン!あの世で部下に詫びるが良い!」
今度こそ、ブリッジを吹き飛ばすつもりで、銃口を向けた。
『させると思うか——?』
通信機に、聞き覚えのある、不快な声が入った。
同時に、数条のビームが機体の傍を走る。バギーら、シュトゥルム・ザック隊は、再び散開せざるを得なかった。
「化けて出たか!!」
視界を巡らせると、白い機体が3つ、勢いよくこちらに突っ込んでくる。
第2部隊の主力機キャバルリー……そして、先ほどの声は……

「ヘント・ミューラー!!」
バギーが絶叫すると、白い機体が思い切りぶつかってきた。
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【 To b continued... 】