【#55 Rebels / Nov.16.0087】

『逃すくらいなら、サイド5宙域内でも撃つ。』
ティターンズの馬鹿が、ようやく心を決めたらしい。ケイン・マーキュリー少佐から、全隊に通信が入る。
『だが、戦闘行為は極力宙域外で行え。』
EFMP第2部隊の連中は、”リボー”付近を通過して、キョウ・ミヤギと合流したらしい。今のコースから予測するに、”アガルタ”付近から宙域外に脱出するつもりに見えた。
「我々は宙域内を突っ切って追撃を掛けます。」
EFMP第1部隊のバギー・ブッシュ中尉が言う。
『”ブルーウイング”の連中にも圧をかけた。4機は出せると言うから合流しろ。』
下衆が、と、バギーは心中で吐き捨てるが、口には出さず、了解と復命する。
『我々は脱出予定地点に先回りし、宙域外から艦砲射撃と狙撃を行う。』
挟撃を仕掛けるつもりだ。しかし、中立コロニー宙域内で火砲を撒き散らかすのには加担しないつもりか。発想がとことん小心で、腐っている。
まあ良い。汚れ仕事は引き受けてやる。
EFMPの仕事でも、第2部隊のやりたがらない荒事は、自分たちが請け負ってきた。
これまでは、敵を殺すなと言われてきた。だが、今回の相手には容赦はいらない。ヘント・ミューラーの反乱に対しては、殺傷もやむ無しと、始めから指示を受けている。バギーは、仄暗い渇望を、ようやく満たされる思いがして、思わずニヤリと笑う。スロットルレバーを握る手に、力が入った。
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『来た、来た来た!!』
後方から迫る熱源を探知すると、アンナ・ベルクが叫んだ。やはり、素直に逃してはくれない。散開を指示するまでもなく、アンナ機は複雑な軌道を取りながら、ヘント・ミューラーの機体から離れた。
シュトゥルム・ザックが3機と、ジムIIが1機。ジムIIはあと2機いるはずだが、おそらく、ティターンズの方に接収されたのだろう。小心者のハイザックの少佐らしい判断だと、ヘントは思った。
「敵には狙撃型がいるはずだ、動きを止めるな!」
ヘントは警告しながら、自身も激しく機体を動かした。
やはり、振り切って終わり、とはいかないらしい。第1部隊の"シラウメ"と、ティターンズのマゼランは、動けなくしたい。
(しかし、厳しいな……!)
そのためには、まとわりついてくるこのMS隊を撃破せねばならない。ミヤギに引き金を引けるのかと問うたものの、それは自分に対しても同じだ。

『当たったら、ごめん!』
言いながら、アンナが、敵機にビームライフルを放った。
アンナを追撃しているシュトゥルム・ザックが散開して距離を取る。
『ヘントくん、迷ってる暇、ないよ!』
気持ちは分かる!と、付け加え、アンナは再び加速する。
そうだ。
相手は、こちらを殺す気だ。もともとそういう部隊なのだ。ヘントが反乱を起こすと判断すれば、それを制圧することも任務に入っている。制圧さえできれば、ヘントの命など、問いはしない——。
『ヘント・ミューラー!!』
甲高い声がスピーカーに飛び込む。
バギー・ブッシュだ。こいつは、手強い。
ミヤギの、アウトレンジからの援護射撃が来ない。ティターンズの機体がそちらに向かっているのかもしれない。
(やはり、そう、都合よくはいかんか——!)
考えていると、アンナの声がまた聞こえた。
『よし……っ、ホント、ごめんねっ!』
シュトゥルム・ザックが1機、盛大に火を吹くのが見えた。
ヘントも、覚悟を決めるしかないと思い始めている。
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(馬鹿な人——。)
ミヤギは、離れた宙域から、自分に弱々しい敵意を向けるその気配を感じ取っていた。模擬戦でやり合った、ティターンズの少佐だろう。また、狙撃型ライフルでねらっているのか。
おそらく、相手は、自分の手でミヤギを殺すことにこだわっている。どうしてそんなにも憎まれているのか、一切心当たりはないが、どうしても同じ土俵でねじ伏せたいらしい。だが——己惚れるつもりはないが——模擬戦で相対したときに、確信した。MS戦で彼に敗れ、ひれ伏す自分は、想像できない。

「先に、ティターンズを叩きましょう。」
ミヤギは、カイル・ルーカスに通信を送ると、敵意を放ってくる方向へ機体を旋回させた。
『作戦は!?』
「ヘントとアンナ少尉なら大丈夫。それより、マゼランを沈黙させなければ。」
エゥーゴからの増援が、マゼランを叩くと聞いていたが、まだ来ている様子がない。"サクラ"がやられれば、自分たちも脱出できない。
「カイル曹長はマゼランを叩いてください。MS隊はわたしが制圧します。」
『無茶です!』
「やります。頼みます。」
やるしか、ないのだ。
「左へ!」
叫ぶや、ビームが一条飛んでくる。
まだ機影は見えないが、敵の狙撃の射程圏に入った。
「行って!頼みます!!」
ミヤギが気合を入れると、カイルの機体は大きくコースを外れた。マゼランのだいたいの位置は把握している。
ミヤギは、何も見えない空間にライフルを構えた。アナハイムからエゥーゴに供出されている新型のライフルで、今までジムスナイパーが装備していたものよりも精度が高い。敵は見えないが、おそらくは届くはずだ。
(あなたに恨みはないが……すみません!)

ミヤギは、既に覚悟を決めている。暗闇に向けて、ビームを一条放った。
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(少佐、お避けしてください!)
頭の中に、聞き慣れた声が響いた。
「だから、その言い方は謙譲語だ!!」

叫びながら、ケイン・マーキュリー少佐は機体を大きく右に滑らせた。先ほどまでいたところにビームが走る。
(マルコの声だと……!?)
かつて、アングラの記事で読んだ。ニュータイプは、宇宙と意識が繋がると言う。宇宙に溶けていった死者の魂とすらも、交信できると言う。ケインが読んだ記事は、新興宗教の教祖じみた、”自称ニュータイプ”の怪しげな男のインタビューだった。
ミノフスキー粒子を媒介した感染症のようなもので、人類の未だ目覚めていない器官が活性化した状態だ、という学者もいる。
(”ニュータイプ”を感染つされた〈うつされた〉か、気色悪い……!)
キョウ・ミヤギや、あの乱入してきた謎の敵機。いずれも、戦闘濃度のミノフスキー粒子の中で、異常なプレッシャーを振りまいていた。そのせいか。なりたくもない”ニュータイプ”に、自分も目覚めつつあるのか。
(だが、ならば——)
熱源が迫るのを告げる表示を見ながら、ケインは内省する。
「——なぜ、当たらん!!」
スコープには、まるでガンダムのようなふざけた頭を乗せた、青と白の機体が確かに映っている。キョウ・ミヤギの機体に違いない。なぜか、分かってしまう。
(少佐、止まっていては!!)
「うるさいぞ!!」
頭に響くマルコの声に悪態を告げながらも、ケインは機体を滑らせ、射撃を続ける。キョウ・ミヤギも応戦するが、ケインはそれをかわしてみせた。
「行け!全機で囲め!!」
自身は機体を後退させながら、随伴してきたジムをけしかける。
(何としても——!)
このサイド5の混乱の元凶は、アイツだ——忌むべき異端者、”ニュータイプ”の、キョウ・ミヤギ。
(わたしの手で——!)
息の根を、止めてやる。ケインは、その胸に殺意を燃やした。
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「何っ!?」
必殺必中のつもりで放ったライフルが空を切るのを感じて、ミヤギは驚愕した。あの少佐に、そんな腕があるとは思えなかったからだ。
慣性の減退しない宇宙空間を、加速した機体はすぐに有視界戦闘宙域内に敵機を捉えた。やはり、いたのは模擬戦で対峙した青いハイザックだ。ジムⅡを2機連れている。
ミヤギは、ハイザックをねらって、また数発ビームを放つが、やはりかわされた。
(何だ……?)
何か、パイロットとは別の意思が、ハイザックにまとわりついているように感じられた。
だが、狙撃の腕は変わらないと見える。間近で見ると、相当に高性能なライフルを使っているのが分かったが、その射撃はことごく空を切った。チャージに時間が掛かるらしく、連射もしてこない。
(だが——こちらにこだわってくれるのは、僥倖……!)
あれで、”サクラ”をねらわれたらひとたまりもない。”サクラ”くらい大きな的なら、あの少佐でもさすがに何発かは当てられたはずだ。戦略的視点よりも、個人の意地を優先させる。
(指揮官としての、底が知れる。)
ジムがこちらに殺到する。バーザムはマゼランの掩護についているのか。後方にマゼランの艦影が見える。そちらからも艦砲射撃がとんで来たが、直後、艦体に火柱があがった。カイルの奇襲も始まっている。

EFMPのジムは、機動が単純だった。今のミヤギには、もはや、ほとんどスローモーションに見える。
サーベルはシールドの先端に装備されている。マウントされたまま起動させられる構造で、その合理性に、ミヤギは好感を覚える。その場で機体をグルリと回転させると、殺到してきた敵機の脚部と腕部を薙ぎ払った。バランスを崩した敵機をそれぞれ、宇宙の彼方へ蹴飛ばしてやる。

(次は……!)
神速とも言える早業で、敵機を制圧すると、視界の隅の青い機体に向かう。ビームが、また機体を掠めるが、機体を捻りながら進めれば、造作もなくかわすことができる。
先ほどの射撃は、かわしてくれて、むしろ良かった。このやり方ーー接近戦なら殺さずに制圧できる。奪いたくもない生命を、奪わずに済む。
黒い敵機と対峙した時とは全く違う。ミヤギは、冷静にハイザックに迫った。

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【 To be continued... 】