4機は模擬戦のスタート地点で、円を描くようにグルリと一度回ると、散開した。
ハイザック・カスタムは、狙撃用らしきロングライフルを装備している。散開と同時に、みるみる後方に下がっていく。

「向こうも狙撃が十八番か……!」
呟いてから、ヘントは通信機に呼び掛ける。
「キョウ、下がれ!」

言うなり、ビームが飛んできた。2人は即座に散開してかわすが、前線に残ったバーザムが、ミヤギのジムに殺到する。
ヘントのキャバルリーがバーザムに組み付き、ミヤギ機へ到達するのを阻止する。ミヤギは、ビームを掃射しながら後退するが、バーザムはヘントと組み合っているため、打ち抜けない。時折遠くから放たれるビームをかわすことにも意識を割かれ、敵機だけを撃てるほど集中できそうにない。

バーザムは、キャバルリーを引き離そうともがくが、その都度ヘントが組み付いていき離さない。実はインファイトはキャバルリーの十八番だが、今回の模擬戦はビームライフルの当たり判定だけが勝敗を決めるルールだ。2機は互いの、ライフルを持った右腕を押し合いながら、もがくように揉み合っている。こうしていればミヤギもバーザムを打ち抜けないが、ハイザックもヘントを打ち抜けないはずだ。
ミノフスキー粒子下の有視界戦を再現するため、粒子下で無効化されるレーダーやセンサーは切っている。互いの狙撃手は、見えないところまで後退してしまい、時々思い出したように威嚇じみた射撃をするだけだ。
観客のブーイングが聞こえてきそうな、地味な絵面だ。
(何とかしなければ……。)
ヘントは思考を巡らせる。
ミヤギの、今日の飛行は完璧だった。
狙撃もだ。
彼女の冴えこそが、最大の武器だ。
(そうだ、そう——!)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

揉み合う2機を見て、ミヤギは、中東での戦いを思い出していた。

あのとき、ヘントは、組み合った敵機を自分ごと撃てと、ミヤギに命じた。また、彼が"それ"を決断するのではないか——そう思うと、ミヤギは戦慄した。
今回は、もし彼ごと撃っても、絶対に死ぬことはない。だが、それでも、もしそう指示をされたら、ミヤギは引き金を引くことはできないと思った。
ためらいながらも、"当たらないように"射撃を続けた。敵のライフルは、こちらの装備よりも性能は良さそうだ。望遠レンズをしっかり使っているのだろう。ときどき機体の近くをビームが走った。だが、これだけ離れてしまうと、見えているからと言って当てられるものではない。安定した足場のない上に、敵機も立体的な機動を取れる宇宙空間では、なおのこと、狙撃の難易度はあがる。
ミヤギのライフルは最大望遠の10kmが限界射程だ。出力も下げている分、射程ギリギリでは当たり判定を取れるかも怪しい。ジムスナイパーIIの有視界補助センサーを使って、相手を見つけられても、こちらの装備は旧式だ。狙撃の精度は落ちる。
(まさか、10kmも離れてはいまいが……。)
自惚れるつもりはないが、自分以外でその距離を当てられるパイロットは、そうはいないはずだ。

考えていると、ヘントから通信が入る。
『ミヤギ中尉、撃つのをやめろ。』
先の想像とは、真逆のことを言われた。
『撃つのをやめて、動け。』
は?と、思わず聞き返す。
『君は撃たずに動け。一度敵から身を隠せ。あとは、感じてみせろ。』
組み合うのに必死なのだろう。細かく説明している余裕がないらしい。
『今日の君の”冴え”なら、”見える”だろう。以上だ。』
そこまで言って、通信を終える。

相変わらず、言葉が足りない。だが、だいたいわかった。
ミヤギは、射撃をやめて、機体を真横に大きく迂回させる。遠くから放たれる敵の射撃は、先ほどまでミヤギがいた辺りを走った。敵も、ルールどおりにレーダー類を切っているらしい。
ミヤギの狙撃は、生命の波長をとらえる。
集中すれば、視界ではなく、その彼方に揺らぐ気配までも、感覚でとらえられる。
今日は、生命ですらない、ダミーバルーンの気配も正確に感じ取れた。確かに、ヘントの言うとおり、感覚は研ぎ澄まされ、いつになく冴えている。

ミヤギは、機体をジグザグに飛ばしながら、2度、深呼吸をする。
宇宙空間の、無限の広がりに、自分の感覚が溶けていく。
果てしなく広がる空間で、相手との間合いが、わかる。
感じる気配は2つ。
4時の方向に、温かく自分に向かう、優しい気配。そして、11時方向。棘のある、明確な敵意。だが、小さな蟷螂が、必死に威嚇する程度にしか感じない。怖く、ない。ヘントが、守ってくれている——!
ミヤギは、機体を一気に前に進め、ライフルを前方に構える。

スコープを覗くまでもない。

「そこっ!」

眼前に走った稲妻と共に、迷いなく引き金を引いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ケイン・マーキュリー少佐は、何が起こったか理解できなかった。正面のモニターには、自機の撃墜を知らせる表示が瞬いていた。

敵機を見失った後、一瞬、自身を射貫く稲妻のようなプレッシャーを感じた。感じた次の瞬間には、撃墜されていた。
「くそ……っ!」
ケイン少佐は歯噛みしながら、シートの脇を拳で叩いた。
コクピットに設置した小さなモニターでは、航空宇宙祭の中継を受信している。揉み合うバーザムと、EFMPの白い機体の様子が映し出されていた。おそらく、ケインの撃墜をアラートで知ったのだろう。一瞬、バーザムに隙が生じた。その一瞬で、白い敵機が脇腹を蹴り、バーザムを引き離し、ライフルを叩き込んだ。同時に、見えない遠くから、もう一条の光線が刺さった。"シングルモルトの戦乙女"だろう。
「化け物が……!」
自分も、ああして、見えない場所から狙撃されたのか。
宇宙空間での長距離狙撃は、足場も定まらず、かなり難しい。その上、相手のライフルは1年戦争時の旧式のものだったはずだ。改修と調整をしているとは言え、命中精度はさして高くないはずだ。
救援用のジムが寄って来て、ランドセルに何やらコードを繋ぐと、撃墜判定を受けて機能を停止していた機体に、再び火が入る。
『お疲れ様です、少佐。規定のコースで帰投してください。』
ジムのパイロットの落ち着いた声に、一応、ありがとう、と穏やかに返したが、ケインの心中は穏やかではなかった。
(ニュータイプのスペースノイド……やはり、淘汰されて然るべきだ。)
あんな能力は、人類として不自然だ。これまでの経験と叡智の積み重ねを踏みふにじる、恐ろしい存在だ。
ケインはその胸に、スペースノイドに対する憎悪をますます募らせた。
『けなりの腕ですね、ミヤギ中尉は。』
合流してきたマルコ・ドモリッチ中尉が、意味不明なことを口走っている。
「……けなり?」
『え?なんですか、それ?』
「貴方が言いました。」
『言い間違いですかね。』
"かなり"とでも言いたかったのか。敬語を使えないだけではなく、口も回らないのか。
「スペースノイドのニュータイプ。いつか、駆逐してやりましょう。」
ケインは、呟いた。マルコに対する呼び掛け、というよりも、自分自身に言い聞かせているようだった。
(そろそろ、いいかな?)

その宙域にいた者は、皆、確かに聞いた。無邪気な子どものようでいながらも、邪悪で妖しいプレッシャーに充ちた、その声を。瞬間、宙域に、ミノフスキー粒子が散布される。そのことを知らせるアラートが、全機のコクピットに鳴り響く。
「何っ!?」
コクピットの中で、ケイン少佐は動揺の声をあげた。ミノフスキー粒子の散布はそれ自体が宣戦布告だ。
『少佐っ!』
近くにいるマルコのバーザムは、まだ、辛うじて通信が繋がるが、ミノフスキー粒子はますます濃度を高めている。あっという間に戦闘濃度だ。
「エゥーゴか……!?」
しかし、今の声はなんだ。
キョウ・ミヤギから感じた、射貫くようなプレッシャーとは違う。ゾッとするような、嫌悪感のある感覚だった。だが、これは——この、頭の中に無理やり入り込んでくるようなあの感覚は——
(キョウ・ミヤギとは別の、ニュータイプ……やはり、ヤツら、バケモノか……っ!?)
機体に警戒態勢を取らせるや、サーモセンサーが熱源を探知した。
「後ろだっ!マルコ!!」
『来た、敵機……ぎゃっ……!!』
マルコ中尉の断末魔が響くのと同時に、青いバーザムが、細長い剣に引き裂かれるのが見えた。

(小物はどいていろ、邪魔だ……!)
獣のような雰囲気の、真っ黒な機体が、ケインのハイザックを思い切り蹴とばした。
「おおぉぉぉぉっ!?」
ケインは、後ろに流されながら、絶叫した。
(くそ……マルコ!マルコ……!!)
役に立たない自分と、ニュータイプへの憎しみに、ケインは、自身の自我が真っ黒に塗りつぶされていくのを感じた。そのまま、機体ごと宇宙の闇に飲まれていくような気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ミノフスキー粒子……!?』
ヘントの動揺する声が聞こえると、ミヤギは、自分に対する強烈な敵意が、粒子の向こうからまっすぐ放たれるのを感じた。
(まずい——これは……!)
呼吸が、止められるような圧迫感に、意識が飛び掛ける。
ジン・サナダのような、激しい敵意だが、ヤツの突き刺してくるようなものとは何か違う。もっと、ドロッとして、闇の中に引きずりこんでくるような、不快な感覚だ。


ミヤギは、息苦しさから逃れようと、思わずヘルメットを脱ぎ捨て、喘ぐように浅く、呼吸をした。
瞬間、視界を稲妻が走る。黒い、獣のような機体がまっすぐ突っ込んできた。

"あの時"のように、刻が、止まった―—。
【#50 Return of the valkyria / Oct.25.0087 fin.】
Continued in #51