【#50 Return of the valkyria / Oct.25.0087】

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 7機のジムと、7機のSFS、その完璧な連携が、一段と、冴える。
 航空宇宙祭は、予定どおり挙行された。

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 EFMP第1部隊が、サイド3を"追い出されて"きたのは、この情勢で航空宇宙祭を実施することに、かえって追い風になった。第1部隊は、予備機を含んだ6機を展開して警備に当たっている。"ティターンズ"、EFMP第1部隊、第2部隊2班、"イーグルス"……サイド5領空ギリギリの宙域は、かなりものものしい警備体制が敷かれている。

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 午前中、コロニー内の飛行は、非武装で機体だけを飛ばす。観客の頭上すれすれを飛ぶような場面もあり、報道用の映像には、MSの勇姿に歓声を上げる人々の顔も映し出されている。
 あそこで飛んでいると、そういう雰囲気に背中を押され、より一層技術がさえるのではないだろうか。コロニー外の宙域で、自機のコクピット内、放送受信用の小さなモニターで展示飛行を見ていたヘント・ミューラー中尉は、そんなことを考えていた。
 展示飛行の中継が終わると、映像は野外コンサート会場に切り替わる。中立コロニーという気風か、毎年航空宇宙祭の中で、反戦をテーマにしたコンサートが開催されている。ちょっとしたロックフェスの雰囲気があり、人気も高い。

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 中継では、"マリア"という歌姫が、旧世紀から歌い継がれる讃美歌"アメイジンググレイス"を美しい声で歌っている。"マリア"はサイド3、ジオンの出身だが、1年戦争開戦直後に亡命している。1年戦争当時、この"アメイジンググレイス"の歌唱で、ちょっとした流行にもなった人気のあるシンガーだった。先日のレセプション会場にも"マリア"は参加していて、オープニングとエンディングで、ステージで歌唱していた。
 ヘントは、目を閉じて、"マリア"の"アメイジンググレイス"に聞き入った。
 人々の迷い。
 それに救いを差し伸べる神の御手、その大いなる恵み。
 あの過酷な1年戦争で、マリアの歌うこの歌が皆に聴かれたのは頷ける。いや、今なお歌い継がれているのには、理由がある。時代が、人が、迷い、救いを求めている。
 文化は、恵まれた、豊かな時代、学びと余暇と遊びの中で育まれるものだと、ヘントは理解している。だが、同時に、寒く、厳しい時代の中で、人々の魂の叫びが紡ぐものものまた、文化を形作るのだ。
 繰り返されるアンコールの中、"マリア"が3度目の"アメイジンググレイス"を始める。ヘントは、合わせて、小さく口ずさんだ。
『けっこう上手じゃん、ヘントくん。』
 回線がオープンになっていたらしく、アンナが通信機越しに言う。珍しく、茶化す様子がない。ヘントは、意外と、好い声なのだ。
 やがて、昼を回る頃、ヘントらEFMPのいる地球連邦軍のドックに、"ブルーウイング"がやって来た。ライフルを持ったフル装備での飛行は、コロニー内では行わない。コロニー周辺の宇宙空間で行うので、その際は毎年、EFMPの巡回任務に使用する仮設ドックを提供する。ドックは、サイド5領空すれすれの、外部宙域にある。
「ご苦労様です。素晴らしい飛行でした、ミヤギ中尉。」
輸送機から降りてきたキョウ・ミヤギ中尉に、ヘントは一言だけ声を掛けた。
「ありがとうございます。この後、お願いします。」
ミヤギも、それだけ応えて敬礼を送り、その場を通り過ぎていく。
「我々の飛行の、精度の秘訣、ご存知ですか?」
無重力になっているドック内、後から流れてきたアラン・ボーモント中尉がヘントの前に留まって話し掛けてくる。
「我々SFS隊の技倆とサポートこそが"ブルーウイング"の完璧な飛行を支えている。MSとSFSのペアは、アイスダンスのペアのようなものです。」
自分とミヤギ中尉は、完璧に呼吸が合っています、と、挑戦的な目線を向けながら言う。
「そのとおりだと思う。中継は見ていた。君の才能が、彼女の才能を遺憾なく引き出している。」
 ヘントは相槌を打った後、冷静な声で、だが、と続けた。
「誰と、どんなダンスを踊ろうと、ラストダンスの相手が俺になるなら、俺は何も気にしない。」
アランの、グリーンの瞳から、目線を外さずに告げる。
「君もプロフェッショナルなら、余計なことを考えずに、目の前の任務に集中しろ。次の飛行も、期待しているよ。」
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(言われなくても……!)
 "ドラゴンフライ"のコクピットで、アランは苛ついていた。
(返り討ちに遭いましたね。)
ヘント・ミューラーとの会話の後、チタ・ハヤミからも冷やかされた。どんなときでも愛嬌のあるヤツで、その明るさをアランも気に入っていた。しかし、今日ばかりはその愛嬌が癪に障った。
 勢いよく、しかし柔らかく背に乗ったジムスナイパーIIの、機体の重みを感じる。重力はないはずだが、たしかに分かるのだ。万有引力。それは、物体同士が引き合う二つの力。物理法則を超えて、魂の結びつきを感じさせる響きに、アランは僅かに高揚する。宇宙でも、連携は完璧だ。そう、この完璧さを支えているのは、自分なのだ。
(ヘント・ミューラーめ……!)
 あの男に、俺の胸の内を見せてやりたい、という衝動に、アランは駆られる。
 お前と彼女との、絆の深さは認めよう。だが、俺の想いだって、本物なのだ。
 この、”天才”の飛行に、俺は技倆の全てを出し尽くして、喰らいついてきた。彼女の監視。それは、諜報としての訓練も受けたアランの、第一の任務だ。だが、誰も完璧に合わせることができなかった、”シングルモルトの戦乙女”の、そのダンスパートナーとして、パイロットの腕を買われてここに来たのも、また、事実だ。それは、俺にしかできないことだ。あいつの動きを、呼吸を、誰よりも分かっているのは、俺のはずだ。
(それは、認めさせてやったぞ——そうだな、ヘント・ミューラー……!)
 世間は、MSという兵器をとおして、彼女を見る。彼女の人間性ではなく、その才能を見るのだ。世間の目に倣うならば、お前ではなく、俺こそが、彼女のパートナーなのだ。それは、認めろ、ヘント・ミューラー。この感覚は、余計なことなのか——?
 編隊飛行は終わった。連携は完璧だった。次はいよいよ"狙撃ショー"だ。
 ミヤギ機を乗せたまま、アランは自分の"ドラゴンフライ"を加速し、先行させる。
「行けっ!」
通信機越しに、発破を掛けると、"ドラゴンフライ"の背を蹴り、稲妻のようにミヤギのジムが飛び出した。
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 背後から、アランの気迫が自分を押し出すのを感じる。その感触が、心地いい緊張感を生む。しつこい誘いに辟易させられるが、彼の仕事はいつも完璧だ。そう言うところは、素直に認められる。ヘントがいてもいなくとも、パートナーに選ぶことはないと思う。だが別に、人間として嫌いなわけではないのだ。
 アランと、仲間の期待を感じながら、宇宙の闇に目線を滑らせる。少し遠くから、温かく、優しい感覚が自分に向けて放たれている。
 ミヤギの"探知能力"は、生命の波長を読む。ミヤギ自身は、そう理解している。思考ではない。その、生命の気配が、次にどう動こうとしているのかを、自ら告げる。
 そこを、先手を打って撃つ。
 だから、この"狙撃ショー"、無人の機械を射抜くことはできるのか、分からなかった。
 しかし——できてしまった。
 宇宙に出て、ヘントの存在を傍近く感じることで、ミヤギは自分自身の感覚がこれまでになく"拡張"されていると自覚した。
 付近の宙域に、ダミーバルーンが5つ、展開するのが、見なくとも分かる。
 自分の感覚が浸透し切ったこの宙域で、起こっていることが、すべて分かる——そんな気がする。やはり、自分は、宇宙に適応した人類、"ニュータイプ"なのか。

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 ミヤギは、まずは正面の1つを射抜くと、勢いよく機体を反転させ、背後のもう1つを続け様に射抜いた。そして、機体を捻ると、胴体の脇腹から、背後のバルーンを射抜く。バレルロールで流れるような一連の動作で、文字通り瞬きをする間に、5つのダミーバルーンを射抜いた。真空でも炸裂する特性の爆薬が炸裂し、花火のように美しく輝いた。
 真空の静けさに遮られているはずだが、観ている者の歓声が、聞こえるような気がした。ミヤギはそのまま、まっすぐ機体を走らせる。

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 真空を超えて届く、驚嘆の意思をかき分け、背後から、優しく、力強い気配が近づくのを感じる。ヘントのキャバルリーの、白い機体がまっすぐ向かってきて、寄り添うように傍らを飛ぶ。

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 やがて、正面から、ティターンズの青い機体が2機、ハイザック・カスタムと新型のバーザムが迫ってきた。ハイザックからは、はっきりとした敵意が発せられている。だが、今日は、何も感じない。ヘントの、魂の盾のおかげだ。
(行ける——戦える!)
ミヤギは、スロットルレバーを握る手に力を込めた。
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【 To be continued... 】