週に1度のペースで精神科で受けているカウンセリング。去年の11月頃からだから、もう40時間前後話している計算になる。


正直、カウンセリングに対してあまり良い印象を持っていなかった。
自分が中学生だった時にスクールカウンセリングが始まったが、カウンセリング内容の管理がとてもずさんだった。
カウンセリングをする部屋を自習室としても使っていて、一応鍵はかかっていたが、その部屋にさえ入ってしまえば他人のカウンセリング内容が見えてしまうような管理体制。
学校への強い不信感を感じた。


精神科でカウンセリングを受け始めた頃は凄く緊張したし、何で会って間もない人に、自分の悩みをさらけ出さなければいけないんだろうという思いが強くて苦痛だった。
だけど、カウンセリングを受けて本当に良かったと思っている。


人の心を深く傷つけるのが人間なら、真の意味で心を癒せるのも人間だと自分は思っている。それは、必ずしもカウンセラーの必要は無いと思うけど、プロは対処法の種類が半端ではない。


人付き合いがとても苦手な自分が、人と関わる時間を持てている事が素直に嬉しい。
もちろん、相性もあるから、カウンセリングを受ければ気持ちが楽になるかは個人差が大きいと思うけど。



何度考えた事だろう…
自分がHSPじゃなければ幸せになれたのかなって。
HSPが不幸というよりも、外交的な非HSPが評価されすぎる世の中だなと強く感じる。


神経が高ぶると、胸がとってもざわざわして、気持ちが落ち着かない、パニック。
HSPの方は何度となく経験されたであろう感覚。個人差はかなりあるとは思うけど。
病名ではないから、周りに辛いと言いづらい…パニック発作とも違う。
神経の高ぶりってとっても辛い。
自分は不安障害もあるので、どこまでかHSPの神経の高ぶりで、どこからが社会不安障害の症状なのかわからないけど。
分からないから余計にモヤモヤする。


抗不安薬で騙し騙し生きてきた。
抗うつ薬は何種類も試したけど効かなかった。
何度死にたいって思っただろう。
こんなに日常的に高ぶってて、高ぶる度に抗不安薬のレキソタン飲んで。
しかも一番強い五ミリ。
2錠3錠と飲まないと乗り切れない事も何度もあった。

悔しい…本当に悔しい…HSPの自分を尊重して生きられないことが。

少し前に、中学の校長先生と話をさせてもらった時に印象的だった言葉は、


「週に1回、1~3年の担任の先生を集めて、不登校の生徒について1時間会議をしても、不登校の生徒の状態を発表するだけで1時間が終わってしまう。会議になっていないんだよ」
という言葉でした。
残念でなりませんでした。
これが教育の現状なのかと思うと。
もちろん、地域や学校によってかなり違いはあるとは思いますが。


この会議の時間以外に、病気の知識を入れる時間が作れないのであれば、先生方に心の病気の知識が無いのも当たり前だなと。
HSPを知らないのも当たり前だなと。
そもそも、先生方に心の病気やHSPの知識や理解を求める事が間違っているのかなと思ってしまいました。


基本的に、自分で知識を入れて護っていかなければ、自分を護りきれないのかなと。


校長先生には、HSPは今の学校に必要な知識だと思うので、知識として入れてほしいという事と、アーロンさんの本の事を伝えましたが、本当に会議で共有して頂けたのかは分かりません。


自分がHSPとも分からずに自分を責め、周囲とも馴染めず、助けを求める事も出来ず、自殺していった生徒が何人いるのかなと考えると、悲しくてなりませんでした。