令和五年四月廿三日/五月十日


西国三十三所徒歩巡礼の旅は、第二十七番書写山圓教寺から第二十八番成相寺へと続く約120kmの古道「なりあい道」を歩き始めました。


今回は書写山の置塩坂登山口から、市川町のJR鶴居駅までの道中記録をまとめたいと思います。


一日目は、姫路駅から路線バスに乗り、「書写吹・置塩坂」停留所で下車したところからスタート。



登山口の前には、文化財の書写吹石仏があります。お地蔵様へ手を合わせ、道中の無事をお祈りして歩き始めました。


しばらく県道を進み、巡礼道はのどかな農道へ 入ります。


夢前川沿いの道をひたすら北上します。


巡礼道沿いには、このような地蔵堂をよく見かけます。
巡礼者をいつも見守って下さっているかのようです。


ご真言が書かれた札も掛けられていました。


この先に、書写山の奥の院である「弥勒寺」への分かれ道があります。


弥勒寺の参道入口には「性空上人棲隠終篤霊場」と書かれた道標が建てられていました。


道中右手には、置塩城跡があります。


塩田温泉まで来ました。
上山旅館や夢之井など、老舗旅館のある温泉地です。


夢前町古知之庄には、約2kmほど真っ直ぐの道が続く区間があります。
交通量も少なく、歩きやすい道です^^


道がややこしくなる区間には、西国古道ウォーキングサポートの目印シールが貼られているので迷う事なく進めます。


クロスした道も迷いやすいポイントですが、道しるべがあると心強いですね。


夢前町の前之庄まで来ました。
ここまで圓教寺から約12km歩いています。
この酒蔵の近くにバス停があるので、姫路方面へ戻る事が出来ます。


松之本北停留所からバスに乗り、一区切りして一日目は終了。


日を改め、再び姫路駅からバスで松之本へやって来ました。
酒蔵のすぐ先、右手に立派な道標があります。


「右たじま たんご道」


道標に従って道なりに進むと、明王寺川橋があります。


橋の右手にある祠に注目。


こちらのお地蔵様は台石が道標になっているようです。


「左 たんこ道」


橋を渡って峠へ続く道をしばらく歩くと、左手に石仏群が見えてきました。


「三枝草板碑群」と呼ばれている石仏です。


地元の方々によって大切に守られているようです。


こちらのお地蔵様には、至徳三年十二月と刻まれています。


南北朝時代の千三八六年に作られた、石仏としてはかなり古いもののようです。


ここから先に養鶏場があり、辺りにはものすごい匂いが漂っています(^^;


養鶏場に突き当たりました。


養鶏場の左手、岩室の中にも道標があります。


「文政九年 ひたりなれあい」


右の道標は欠けてしまっていて、「みち」と読める文字だけが残っていました。


道標に従って、峠へ入ります。
この先は「板坂峠」で、山を越えて福崎町へと続く道です。


鶯の鳴き声が聞こえてきて、とても雰囲気の良い道です。


倒木は放置されていますが、基本的にはよく整備されていて歩きやすいです。


峠の頂点を過ぎたところに、三体のお地蔵様がおられました。


こちらのお地蔵様は天保九年のもので、この辺りで行き倒れになった巡礼者の供養塔のようです。


お供え物も置かれていますが、いつ供えられたのでしょうか。
缶も変形していてかなり古そうです。
お参りする人が少ない事を物語っているかのようです。


下りの峠道には土嚢が置かれています。


サツキの花も所々で見かけました。


無事に峠を越え、福崎町へ入ります。


こちらは文化四年の地蔵板碑です。


板坂集落を進んで行きます。


関西花の寺第八番「應聖寺」の前を通るので、参拝させていただく事にしました。


なかなか雰囲気の良い境内です。


本堂へお参りし、受付で拝観料をお納めして内拝させていただきます。


内拝すると、お茶とお菓子をいただく事が出来るようです。


美味しい抹茶とお菓子でほっと一息。
峠を越えて少し疲れていたので、身も心もリフレッシュ出来ました^^


中庭には、今の季節に見頃の花はあまり咲いていませんでしたが、新緑がとても綺麗でした。


あまりゆっくりしてはいられないので先を急ぎます。
應聖寺の参道沿いには、巡礼者のための休堂があると本に書いてあったのですが、現在は無くなってしまったようです。


應聖寺の先には一宮神社がありました。


「ひたり志ゆんれいみち」と書かれた道標に従って進みます。


集落を離れ、しばらく山裾の道を進みます。


ここから市川町へと続く「百町峠」へ入ります。


こちらの道標は昭和六年のものです。
「左 前之庄、宍粟 右 丹後 成相山」
新しい道標は地名も解りやすいですね。笑


民家の前にあるこちらの道標には「じゅんれいみち」と刻まれていて、田口集落のお宝のようです。


常夜灯と民家の間の道を進みます。


しばらく獣道が続いています。


車一台がギリギリ通れるくらいの狭い舗装路に出てきました。


アスファルトが見えないくらいに、笹の葉で覆われている区間もありました。
舗装された道ですが、車なんてほとんど通らないんでしょうね。


百町峠の道中には、十丁目と刻まれたお地蔵様もおられました。


市川町へ入ります。


峠を越えると左側に、豊房大明神がありました。


そして右手には祠が見えます。


中には風化した道標がありました。
お花も供えられていて、大切に守られているようですね。


市川町の新道の手前にも道標があります。


「左 丹後なれやい 右 さかとみち」


新道沿いのお地蔵様。


奥集落に入ると道がややこしくなりますが、分岐点にはやはり道標がありました。


「左 なれやい 右 あまじ」


こちらの分岐点にも道標が。


「左 たしま たんこ道」
と、かろうじて読めます。
年代は解りませんが、かなり古い物でしょうね。


この道標は地面に埋もれてしまっています。


奥集落の中にも地蔵堂がありました。
「おんかかか びさんまえい そわか」
朝から多くのお地蔵様へお参りしているので、ご真言が頭の中で無限ループ状態になりそうです。笑 


この道標も地面に埋もれていますが、東西南北の四面の方向を示していました。
「南 まえ(のしょう)」


蓮泉寺の前の巡礼道は、工事中で通行止でした。


仕方ないので迂回する事に。


蓮泉寺の瓦葺塀沿いに下る道を進みます。


あらま、途中で道が塞がれています。
でも迂回ルートは他にないので強引に進む事にしました。笑


アスファルトにほぼ埋もれてしまった道標。
仏様のお顔だけは残されているようです。


右手の電柱の道しるべに従って左へ。 


近平にある道標には花が供えられ、大切に守られていました。


播但線と並行して、一直線に続く農道を進みます。


農道沿いにも二基の道標がありました。
右は明治四十二年のもので「右 丹後 なりあい道」
左は文字が読めませんでした。

時代によって「なりやい、なれやい、なりあい」と表記が異なるのが面白いですね^^


農道を進むと播但線と合流するので踏切を渡ります。


県道404号線を北上し、鶴居駅方面へ。


鶴居駅に到着。
今回はこれにて一区切りです。


播但線で姫路駅へ戻り、名物「まねきのえきそば」を食して帰路につきました。
最近は、チーズえきそば鶏天乗せがお気に入りです。笑


今回は書写山から鶴居駅まで、約30kmの巡礼道を無事に歩く事が出来ました。
成相山までの道は約120kmあるので、これでもまだ1/4しか進んでいません。

まだまだ先は長いですが、これからも一歩一歩を大切にゆっくり歩いて行きたいと思います。

今回もよい徒歩巡礼が出来ました。
無事にお導き下さったお大師様、仏様へ感謝申し上げます。

最後までご覧いただきありがとうございました。