娘は小学校に入学、学童にも入った。

小さい体に、大きなランドセルがまた可愛い。

お友達もどんどん増え、楽しそうだった。


娘との関係もとても上手くやれていた。

私は娘が本当に大好きで宝物で、

娘もまた私が大好きだと毎日伝えてくれて

親としての幸せを噛み締めていた。


そんな頃、私の職場が閉店することが決まった。

辞めるか、他店に移動するか、選択を迫られる。


この仕事は好きだったものの、

他店はかなり遠いところしかなかったため

そのまま辞めることにした。


娘が1歳から6歳までの5年間、

たくさんたくさん支えてくれた職場。

ここだったから、私は頑張れた。続けてこれた。


辞めるのは寂しいしこの先の不安もあるけど…

閉店は私にはどうにも出来ない理由だしね。


娘がまだ乳児で、仕事探しに苦戦したあの頃とは違い

次の仕事がすぐに決まり、閉店日より一足早く退職。


そこはショッピングモールの中の小さな飲食店。

対面販売+イートインが数席ほどある。

店長がとても優しく、私はすぐに慣れた。


だけど、収入は少し減った。

保護を抜けることからまた遠ざかってしまった。


保護抜けたい自立したい→まだ収入が足りない→

収入を増やす(仕事を増やす)→メンタルが追い付かない→

なんで自分はこんなにダメなんだろう→生きてる資格ない→

でも母親として頑張らなきゃいけない→苦しい自立したい→


ずっと、ずっと、その無限ループ。。

保護は生活の保障をしてくれるけど、

やはり誰かに簡単に言えることではないし、

嫌悪感を出されることだってある。


いつも私は"生活保護受給者です"と

紙に書いて背中に貼ってるような、

後ろ指指されてるような感覚でいた。



同時期、知り合いのJさんにごはんに誘われた。


Jさんは、私が自分の息抜きにと3年程前に

始めたある集まりで知り合った。


3年間、月に2~3回程集まりで会っていたが、

普通に"メンバーの一人"といった感じで

恋愛感情等はなく、ただの友達だった。


その集まりがある日、急遽当日中止になってしまい、

Jさんがごはんでも行く?と誘ってくれたのだ。


せっかくだし、、とごはんに行った。

元々私が母子家庭ということは知っていたけど、

その時の話の流れで現状を色々話すことに。


Jさんは私より二回り近く年上だったことで

どこか安心感があり、自然と話せた。


うん、うん、偉いよ、良く頑張ってるよ。と

優しく聞いてくれたJさん。素直に嬉しかった。


そして、Jさん自身もバツイチで妻に裏切られ

離婚したこと、でもお子さんは元妻の所にいること。

お子さんを手離すのが辛くて毎日泣いて過ごしていたこと。

今は月1程度で会ってご飯したり洋服買ってあげたり

してるんだ、といろんな事を話してくれた。


元々Jさんとは3年の関わりがあったから

普通に信用出来る方だと思っていた。


強い主張はせず、いつも一歩引いた場所で

周りを見ているような人。落ち着いていて大人で

ニコニコして人当たりがいい。


この時の私は「良いパパなんだろうな」と思った。